精神科の救急

 精神科の緊急事態は「988番」。
 自殺したくなったとき、薬物依存がひどくなったとき、ここに電話すればいつでも、どこでも、かならず専門スタッフが対応してくれる。そういう「精神科ホットライン」が、アメリカ全土で7月からはじまりました。
 画期的な進歩だと、ワシントン・ポストの医療担当コラムニスト、リアナ・ウェン博士がニュースレターで伝えています(The Checkup With Dr. Wen: A lifesaving number to remember: 988. July 28, 2022, The Washington Post)。

リアナ・ウェン博士
(本人の Twitter から)

 アメリカにも、日本でいう「いのちの電話」や「自殺110番」はすでにありました。でもこんどできたホットラインは自殺だけでなく、精神科のすべての疾患、事例に対応します。
 引きこもりの家族が暴れているとか、幻聴や妄想で自分や周囲が振りまわされているなどの場合でも、3桁の番号、988番に電話すればいい。訓練を受けたカウンセラーが応答し、場合によったら救急車を呼んだり薬物対策センターに引きついでくれる。24時間、365日、全国どこでも。音声でもメールでもいい。

 すばらしいシステムです。
 バイデン政権はこのために4億ドルの予算を組みました。これで多くの命が救われるとウェン博士は称賛しています。

 アメリカは精神保健の分野で、日本よりずっと進んでいる。
 そう思うけれど、しかし一方で、ぼくはかすかな懸念も覚えます。
 身体だけでなく精神についても、ぼくらはますますこのように、「国」に、大きなしくみに、自分たちの問題を引き渡しているのではないか。それはミシェル・フーコーのいう「生政治」を、すなわち、ぼくらの心身をさらなる統治と管理に向けて差し出す動きを進めることにならないだろうか。ぼくらはむしろ進んでそうした方向に向かっている。

 浦河ひがし町診療所の精神科医、川村敏明先生の、「人ってこうだな、管理されると管理する側にちゃんと合わせてくるんだな、恐ろしいことに」ということばを思い出します。
 できることなら、自分の問題は国ではなく、身近な周囲にまかせたい。
 せめて浦河のような地域が、もうちょっとあればいいのに。ホットライン以前に。
 そんなふうにも考えるのです。
 いまは、国にまかせるのもやむをえないことでしょう。でもそれはめざしたい方向ではない。ぼくらは自分で、地元で、地域で、顔を見知った人とのあいだで、もっと悩まなければいけない。浦河を見なれているとそんなふうに思うようになります。
(2022年8月1日)