鎮まるために

 古い木がなくなっていると、専門家が警告しています。
 樹齢千年以上にもなる古い木が地球上のあちこちにあるけれど、高齢の大樹はどこでも消えかけている。保存と保護に力をつくすべきだというオピニオンです(What the World Will Lose if Ancient Trees Die Out. By Jared Farmer. Oct. 20, 2022. The New York Times)。

カリフォルニアのセコイア
(Credit: James St. John, Openverse)

 寄稿したペンシルベニア大学の歴史学者、ジャレッド・ファーマー教授によれば、アメリカの樹齢3千年にもなるジャイアント・セコイアは最近山火事の被害にあいました。ロッキー山脈にある樹齢5千年の松の木は害虫に食われています。花をつける木として最長齢のバオバブは南アフリカの干ばつで息も絶え絶え。レバノン杉は温暖化で異常をきたし、ニュージーランドのカウリやイタリアの古いオリーブは病害に侵されている。
 温暖化が唯一の原因ではないかもしれないけれど、その影響は明らかです。対策をとらなければ、太古から生きてきた木は遠からずなくなってしまう。

アフリカのバオバブ(Pixabay)

 古い木にはさまざまな効用があるけれど、ぼくの胸に響いたのはそれらが「贈与」の存在だという言い方でした。ファーマー教授は歴史学的な視点からこういいます。
・・・贈与の最たるものは世俗的で倫理的だ。それは長期にわたる思考を刺激し、賢さを促してくれる。私たちはおそれ、考え、瞑想することで、精神の最も深い部分に触れる。将来の世代に、これらの木の与えてくれる歴史的、生物学的な多様性を伝えなければならない・・・

 樹齢が千年以上にもなる植物は、25種類だそうです。屋久杉やセコイアのように針葉樹がほとんどだけれど、バオバブのような落葉樹もある。
 大きな木に霊性を感じ、崇拝の対象にする文化は日本の神社だけでなく世界中に存在します。ぼく自身、森に入り、大きな木に囲まれるとなぜかこころが「鎮まる」感覚を覚えます。樹齢百年の木でもそうだから、千年以上にもなるともう『もののけ姫』の世界です。ほんとに霊がこもっているのではないか。

ニュージーランドのカウリ
(Credit: World Resources, Openverse)

 1960年代に、カリフォルニアでジャイアント・セコイアという巨木を見たときは圧倒されました。当時は幹をくり抜いて大型車の通れるトンネルをつくったりしていたけれど、いまはもうそんな乱暴は許されないでしょう。アフリカではバオバブを目にして、『星の王子さま』もこの木を見たんだろうかと思いました。屋久杉を訪れたときは道中で猿に襲われたっけと、あれこれのことを思い出します。

 かつてぼくは世界の三大瀑布、ナイアガラとビクトリア、イグアスの滝を見たいと思っていました。まだイグアスは見たことがないけれど、もういい。壮大なものを見るより千年の樹のもとでじっと鎮まりたい。これ、悟ったんじゃなく、歳ですね。
(2022年11月15日)