非婚とビホン

 自分は「ビホン」だという人が増えた。
 ソウルからの報道です。
 ビホン(Bihon)は、もともと非婚という意味だったけれど、いまは「意思を持って結婚しない」というニュアンスが強い。韓国人がビホンだというとき、それは日本語の非婚とはすでにちがう意味を持っているようです(Single but not ready to mingle? South Korea’s government wants to talk. October 26, 2022, The Washington Post)。

 ソウルに住む脚本家のクアクミンジさんは、かつて未婚のまま30歳になることを恐れていました。でも38歳になったいま、自分はビホンで自由だといいます。
「30代後半になってシングル女性でいながら楽しいなんて、以前は考えられなかった」
 クアクさんのように、結婚は家のなかに閉じこめられることとみなし、延ばしたり控えたりする人が増えました。

 韓国ではすでに全世帯の40%がひとり住まいです。結婚と出生は史上最低を更新しつづけ、2021年の婚姻数19万3千は前年から10%も減りました。出生数も千人あたり5人まで下り、OECD諸国のなかでは最低です。これは中国や日本でも見られる傾向で、どこでも若い世代は、とくに女性が仕事や伝統的な家庭よりも個人の自由を優先するようになりました。

 人口減少に危機感を抱いた政府は、なんとか結婚を増やそうとやっきになっています。でも若者は踊らない。いったん結婚すれば家事育児のほとんどが女性の負担になるし、男はひとりで家族を養うとされるけれど、もうそういう時代ではない。結婚を前提につくられた古い社会のしくみが変わらないかぎり、ビホンは増える。それは日本でも中国でも本質的におなじでしょう。
 と、ここまではすでに何度も聞いた話です。

 ポスト紙の記事にはひとつ、新しい希望がありました。
 ソウルのLGBT公務員、チャハヤンさん35歳の話です。シングルの彼女は、あるとき大きなスイカをもらいました。食べきれないので近所のシングル仲間に声をかけ、それが発端となって台所にいろいろな人が集まるようになりました。地域のシングルが集まる「シングル・コレクティブ」の誕生です。
 伝統的な社会の外側で生きる人びとの連帯。
 これ、なかなかいいですね。チャさんはいいます。
「一人ひとりが結婚制度や親族に頼らなくてもいい社会を。結婚してもいなくても、私たちはひとしく尊重されるべきです」

 きっと日本にも、そういうシングル・コレクティブがある。シングル・コレクティブなんていう名前でなくても。そういう動きは希望の芽だとぼくは感じています。
(2022年10月27日)