顔がない戦争

 もうひとつのウクライナ戦争、ということもできるでしょう。
 でも、ウクライナよりさらに不利な立場で戦う人たちもいると、この戦争を見て思います。
 ミャンマーの山奥でつづく軍事政権への武力抵抗です(Myanmar’s rebellion, divided, outgunned and outnumbered, fights on. March 30, 2022, The Washington Post)。

 1年前、ミャンマーでは軍事クーデターが起きました。民主政権のアウン・サン・スー・チーさんが投獄され、街頭に出た多数の市民が犠牲になりました。軍事政権はいまも暴力で市民を抑圧しています。
 軍政に反対する人びとの一部は、地方や山岳部に逃れ、武力で抵抗する道を選びました。彼らはもともとミャンマー国内にいて迫害され、弾圧を受けてきたさまざまな少数民族の武装勢力と連携するようになりました。NUG(The National Unity Government)と呼ばれるゆるやかな連合体をつくり、武力闘争を行うようになったのです。

ミャンマー北部の山岳地帯

 数の上でも装備の上でも圧倒的に不利な立場にある人びとが、強大な軍隊に抵抗しているのは、ウクライナとロシアの戦争に似ています。戦うための武器がないか、不足していることも似ている。けれど最大のちがいは、ウクライナは多くの国が支援しているけれど、ミャンマーの反政府勢力はどの国も支援していないことです。NUGは、戦うための資金をすべて民間の寄付に頼らなければならない。

 おまけにメンバーはしろうとばかりです。とても軍隊とはいえないような武装グループが抵抗をつづけているのは、話し合いが通じるような相手ではないから。
 ワシントンの軍事専門家、ザカリー・アブザ教授はいいます。
「こういう組織が数百もあるということに注目すべきです。圧倒的に不利で成功の見通しはほとんどないけれど、彼らはつづいているし参加するものも多い」

ロヒンギャ族の難民
(Credit: EU Civil Protection and Humanitarian Aid, Openverse)

 ミャンマーでは軍事政権による市民への抑圧が60年にわたりつづきました。アメリカ政府はことし、ミャンマーの少数派ロヒンギャ族への迫害はジェノサイド(民族虐殺)だと断定しています。多くの人が、いま立ち上がらなければ迫害はいつまでもつづくと考える。だから抵抗をやめません。勝利の見通しはほとんどないけれど。

 ノーベル文学賞を受けた作家スベトラーナ・アレクシエービッチさんは『戦争は女の顔をしていない』という本を書きました。第二次大戦の生存者に聞き書きした記録です。でもミャンマーの戦争ともいえない戦争は、ほとんど誰にも知られず、支援されることもない。だからこれは、ぼくらには顔が見えない戦争でしょう。
 そういう見えない戦争が、ミャンマー以外にも数えきれないほどあるのだと思います。
(2022年4月1日)