鳥の呼びかけ

 鳥の声は癒やしです。鳥のさえずりを聞くと精神状態がよくなる。
 当たり前のことだと思うけれど、それが「科学的に裏づけられました」といわれると悪い気はしない。だったらもっとバードウォッチング(最近はバーディングともいうらしい)に出かけなきゃと、モチベーションが上がります(Why birds and their songs are good for our mental health. May 18, 2023. The Washington Post)。

 科学的裏づけというのは、「サイエンティフィック・リポーツ (Scientific Reports)」という専門誌の2本の論文でした。科学雑誌の最高峰「ネイチャー」が運営するジャーナルだから、ちゃんと学術的な基礎もふまえた専門誌です。研究者のひとりで、認知神経学者のエミール・シュトーベ博士がいっていました。
「鳥の声が特別なのは、都市の真ん中にいる人にも、生命のもとである自然とつながっているという感覚をもたらしてくれることです」
 ただ動物の鳴き声というのではなく、人間の本性に深く根づいた音だというのでしょう。

 そのことをキングズ・カレッジ・ロンドンの認知学者、ライアン・ハモンドさんたちがじつにユニークなやり方で調べていました。
 ハモンドさんたちは1300人のボランティアを募り、彼らのスマホに「アーバンマインド」というアプリを入れてもらったのです。そして事前に何の説明もなく、彼らに1日3回、自分の「環境」について気がついたこと、興味を持ったことを何でもいいから報告してもらいました。
 そうして集めた約2万7千件の報告を分析したところ、ボランティアと鳥との出会いには認知科学的に特別な意味が見いだせたといいます。一度でも鳥を見たり、鳥の声を聞いたりした人は精神状態がよくなっている。しかもその効果が長時間持続し、うつ病と診断された人にも効果がありました。
 もうひとつの研究も、鳥の声録音を295人の被検者に聞いてもらったところ、不安やうつ、妄想が緩和される効果を観察したそうです。

 鳥の声を聞いていると、こころがおだやかになる。
 別にどうってことない研究でしょ、と思いたくなるけれど、認知科学者ははそうは思っていない。ひとつには、鳥の声が健康な人だけでなく、うつ病の人にも特別な効果を及ぼしているからです。もしかしたら薬が効かないうつ病も、ここから何らかの対処法がつかめるかもしれない。
 さらにその奥には、原初からぼくら人間のなかに埋めこまれた鳥の声の記憶が、特別な意味を持っているのかもしれないというひらめきのようなものがあります。
 ぼくにそこまで考える力はないけれど、ときどき深い森のなかでぼんやり鳥の声を聞いていたいと思うことがあります。
(2023年5月24日)