22の実践例

 きのう紹介した精神保健の世界的な新しい流れは、とても重要だと思うので肝心な点を補足します。
 WHO(世界保健機関)の「地域精神保健の指針」は、精神保健のあり方は「強制と服薬」から「地域と暮らし」へ移行すべきだという理念を掲げました。この指針がすぐれているのは、理念を掲げるだけでなく、その理念に沿った実践例を列挙していることです。

WHO「地域精神保健の指針」

 その例としてイギリスの「リンクハウス」、フィンランドの「オープンダイアローグ」、ミャンマーの「アウン診療所」、インドの「ナヤダウル」など、世界各地にある22の実践が紹介されています。
 そのひとつである、アメリカ・マサチューセッツ州の「アフィヤ・ハウス Afiya House」は、精神障害の当事者が、当事者のために運営する施設としてニューヨーク・タイムズ・マガジンでも取りあげられていました(Doctors Gave Her Antipsychotics. She Decided to Live With Her Voices. By Daniel Bergner. May 17, 2022. The New York Times)。

アフィヤ・ハウス(マサチューセッツ州)
(同ハウスのサイトから)

 アフィヤ・ハウスは重度の精神病患者を受け入れるところです。
 徹底した当事者中心で、医者も警備員もいません。ただ重い精神病の人が集まり、おなじ病気を経験した人びとと語り合う。いわば閉鎖病棟に代わるものであり、患者に一時休憩、レスパイト・サービスを提供する場所でもある。

 リーダーのカロライン・メイゼルカールトンさん自身、薬ではなく幻聴とともに生きることを選びました。彼女のモットーは「管理したらつながれない」。精神障害者にとっては仲間同士のつながりがすべてであり、希望なのだといいます。
 アフィヤ・ハウスでは「向精神薬を中心とした」生物医学的なモデルではなく、「診断の言語を、人間の多様性に置き換える」こころみがつづいてきました。
 メンバーのひとりであるエフレイムさんはいいます。
「朝起きると死ぬことを考える。でもそれが自分にとっては正常だ・・・そういうことをいえる場所がある、そういう会話ができる、それが治療なのだ。魔法なのだ。こういう場所がなかったらひどくなるだけだ」

 そうした考え方や生き方、暮らし方の本質は、驚くほど浦河の人びとのそれと重なります。
 そういう人びとが1980年代末以降、世界のあちこちに現れている。けれど誰もが、どこでも、メインストリームになることはありませんでした。
 それはぼくらの社会が「正常」をきわめて狭く考え、精神障害という現象を受け入れることがどれほど困難かを示しています。これまでも、これからも。
(2022年5月24日)