WHOの新指針

 知りませんでした。
 WHO(世界保健機関)が精神医療について去年、画期的ともいえる新しい指針を出ししていたことです。
 ニューヨーク・タイムズが伝えていますが、タイムズ本誌ではなく「NYTマガジン」の長文の特集記事で紹介されています(Doctors Gave Her Antipsychotics. She Decided to Live With Her Voices. May 17, 2022. The New York Times)

 去年6月に出たWHOの新指針は、「地域精神保健の指針:ひと中心の、権利にもとづくアプローチ」というタイトルがついています。
 そのタイトルのとおりに、これからの精神医療が「強制と服薬」から「地域と暮らし」に変わるべきだとして、次のようにいっています。

・・・精神保健サービスはしばしば資源を欠いたまま時代おくれの法規制に閉じこめられており、生物学的モデルに頼りすぎている。そこで重視されているのは診断、投薬、症状の抑制であって、人びとの精神保健に影響する社会的な要因は見すごされている。そのため人権にもとづいた十分なアプローチがないがしろにされている・・・

WHO新指針の表紙(一部)

 この一節で、新指針をつくったWHOの基本的な戦略が見えます。
 たとえばいまの精神科が「生物学的モデルに頼りすぎている」というのは、俗にいえば「いくら薬をたくさん飲ませたって、それで精神病が治るわけない」ということです。
 そして「診断、投薬、症状の抑制」しか考えていないという指摘。これは「医者がいくらがんばっても、それだけじゃ治せない」ということであり、より厳しくいうなら「医者ががんばりすぎるから、治らない」ということです。

 精神病に影響する「社会的な要因」は抽象的ですが、300ページの指針の後半を読むとよくわかります。それはつきつめていえば「仲間の存在」でしょう。精神障害者は、孤立した状態では回復できない。安心していられる場所があり、安心して語りあえる仲間がぜひとも必要だということです。

 いやー、WHOって先進的なんだ、と感服しました。
 まるで浦河ひがし町診療所のいっていることをそっくりそのまま、自分たちの指針に書きこんでしまっているようです。
 これではもう、診療所は世界の最先端だなんていっていられなくなる。
 この新指針、1年前に出ているのに厚労省のサイトには載っていません。こんな先進的な思想はとても受け入れられないと思っているんでしょうか。
(2022年5月23日)