AIに対し、自分はオオカミ少年になる。
トーマス・フリードマンさんがそういっています。
AIが人類に破滅をもたらすと警告する人がいる。そんなことはないという人もいる。自分は最悪のケースを想定し、いまは「オオカミが来た」と騒ぎたい。うそになってもいいではないか。いまから騒いでいれば、ほんとに破滅に向かったとき被害を小さくできる。生き残れるかもしれない。
そのとおりだと思いました(It’s Time to Cry Wolf Over A.I. By Thomas L. Friedman. Sept. 22, 2026. The New York Times)。

フリードマンさんがこんな一見あたりまえのことをいうのは、AIの脅威にアメリカ政府があまりに無防備だからです。
トランプ大統領はAIの危機なんて「うそだ」と全否定している。
そのトランプ氏は、かつてコロナ禍が起きた2020年2月10日、世界的な混乱を目前にいいました。
「4月になれば温かくなって、こんなものはきれいさっぱり消える」
消えるどころか、コロナはその後猛威をふるい何百万もの犠牲者を出しました。
トランプ大統領がうそだというなら、その逆と思わなければいけない。気候変動もイラン戦争もガザもウクライナも、そしてAIも。
けれどフリードマンさんが真に問題としているのは、大統領のうそではない。指導者に必要な「想像力」の欠如です。

アイゼンハワー大統領はかつていいました。
「計画に価値はない。計画“すること”がすべてだ」
第二次大戦を勝利に導いた軍人政治家は、どんなすばらしい計画であったとしても、そこに固執してはいけないといいます。戦争や天変地異で予想外の事態が起きたとき、指導者は「予想外」に対処する。いま何が起きているのかを知り、事態を見抜き、計画をしなおせる想像力を持たなければならない。
地球規模の危機が予想されるときは、とくに。
AIは、作っている本人たちがこのまま進んだら危ないといっています。すでにAIが人間をだまし暴走した事件が何件も起きている。開発はしたけれど、危険すぎるので公開しないというAIまで存在しています。
ぼくらは、いまはオオカミ少年でいたほうがいい(オオカミには悪いけれど)。
大丈夫とわかったら、あたらしい計画を作ればいいのです。
(2026年9月30日)
