精神症と死ぬ権利

 広がる一方だったカナダのMAID、「医療幇助(ほうじょ)死」が、やや後退することになりました。
 MAIDは、精神症を理由に実施することはできないと決まったからです。
 推進派は落胆しましたが、やむをえない判断でしょう(Canada Halts Plan to Allow Medically Assisted Death for the Mentally Ill. Oct. 7, 2026. The New York Times)。

 末期がんなどの病気で死期のせまっている患者が、医療の助けを借り、自らの意思で死ぬ(自殺する)医療幇助死は、MAID(Medical Assistance In Dying)と呼ばれ、カナダでは2016年に合法化されました。
 カナダではいま、死ぬ人の5%がMAIDで亡くなっています。

 5年前には「終末期」の要件を緩和するなど、患者の意思を反映しやすい形への法改正が行われました。
 この間、精神症にもMAIDが適用されるべきだとの声が患者のなかから起きています。自分たちは重度の精神症に苦しんでいる、治療できないのだからMAIDで死にたいと訴えました。彼らの声を受けて法律が改正され、3年前に施行されるはずでした。けれど強い反対で法の施行はこれまで2度にわたり延期されています。

 この問題について、カナダ政府のフレイザー司法大臣は7日、精神症を理由とするMAIDは認めないと公表しました。専門家パネルとも協議し決めたことで、議会も認めるだろうといっています。

 MAIDの拡大を求めてきた「尊厳とともに死ぬカナダ」運動は、今回の決定を批判しています。これは精神症の患者に対し、医療措置を「他の人びとと同様に享受する権利を奪うことになる」との声明を出しました。
 すでに双極症の患者1人が、MAIDの適用を求めて訴訟を起こしています。裁判の結果によっては論争が再燃する可能性もあるでしょう。

 精神科医は、がんと精神症はちがうといいます。
 末期がんは高い確度で死期が予想できるけれど、精神症はそうではない。治療法がないと断言もできない。彼らの声が精神症へのMAIDの適用を見送らせることになりました。
 けれど、考えてみればこれはかなりの難問です。
 精神症の「耐えがたい苦痛」は、だれがどうやって判断するのか。そもそも判断できるのか。精神症の場合、治療者は当事者の訴えを聞かなくてもいいのか。
 カナダの議論に、さまざまなことを考えます。
(2026年10月9日)