ウクライナの戦争観が、少し変わってきたかもしれません。
表向きはロシアの全面撤退を求めながら、いかに停戦に持ちこむかをこれまでより真剣に考えるようになった。そういう捉え方が国民にも、指導者の一部にも広がっているかのようです(Ukraine’s defense minister outlines Kyiv’s ‘victory plan’. By David Ignatius. October 20, 2024. The Washington Post)。
ウクライナのルステム・ウメロフ国防相に、ワシントン・ポストのデビット・イグネシアス記者がインタビューしました。インタビューのいちばん肝心な部分は、ウメロフ国防相の「勝利へのプラン」を聞いて、イグネシアス記者が感じ取ったことです。
「ウメロフ国防相は、ロシアに占領された領土をすべて奪回するというより、むしろいかにプーチンを交渉に向かわせるかを語っているように私には聞こえた」
軍事的な勝利より、いかにロシアを交渉の席に向かわせるか。
ウクライナ指導部のひとりが、たとえニュアンスだけであったとしても、このような意向を語るのははじめてでしょう。
これまでウクライナは、ロシア軍の占領地からの全面撤退を求めてきました。そこを譲ったら政権が崩壊するくらいの「国是」だった。けれど長びく戦争の見通しは暗い。来月、アメリカの大統領選挙でトランプ候補が当選すれば軍事援助は期待できなくなる。ヨーロッパでも、ハンガリーがウクライナ支援に反対し、ドイツで右翼が急進するなど、親ロシア感情は広がっている。ウクライナ市民のあいだには、停戦を求める思いがこれまでより着実に強まっています。
けれどいきなり停戦はできない。
そんなことをすれば軍が承知しません。命をかけて戦っているのはなんのためか、これまでの戦死者はなんだったのかと、前線の兵はいうに決まっている。
その軍のトップがロシア軍の全面撤退を強調しなくなったところに、変化の兆しはあるのでしょう。
ウメロフ国防相は、ロシア側にも明確な勝利のプランがあるわけではないと読んでいる。
たしかにロシア軍は優勢だけれど、アメリカ情報筋によれば兵員の被害は甚大です。いつまでもいまの攻勢はつづかない。そこに交渉への機はある、という読み。
イグネシアス記者は、ウメロフ国防相はウクライナ指導部のなかでもっとも興味深い人物のひとりだといいます。実業家でクリミア出身のタタール人、イスラム教徒でもあり、けっして硬直した思考の人ではない。これまでも舞台裏でロシアと交渉し、捕虜交換などを実現しました。
そんな指導者を、結局は追い出すのか、それとも活用するのか、ウクライナの運命はこの異色の政治家に大きく左右されるかもしれません。
(2024年10月23日)