シベリアの旅

 久しぶりの、出会えてよかった小説です。
『コンパートメントNo.6』
 フィンランドの作家、ロサ・リクソムさんが書きました。
 舞台は1990年代のソ連。シベリア鉄道の客室「コンパートメントNo.6」に、ひとりの少女と中年男が乗り合わせる。フィンランド生まれの少女と粗野なロシアの労働者が、狭い客室の何日もの旅で、饒舌と寡黙のときをくり返す。 まるでミステリーだけれど、ありきたりのミステリーとはまったくちがう展開をたどります。

『コンパートメントNo.6』
(ロサ・リクソム著、末延弘子訳、みすず書房)

 読み終わって、疲れた。長い長いシベリア鉄道の旅を終えたかのように。
 けれどこの疲れには、ここちよさがある。これはいったい何なんだろう。ぼくは何を読んだのだろうか。
 ずっとむかしに読んだドストエフスキーのような、忘れた記憶、埋もれていた無意識。
 そういうものを引き出す力が、『コンパートメントNo.6』にはありました。
 壊れた人生の男とソ連というシステムのどうしようもなさ、そのまえにいるフィンランドの少女の、別種のどうしようもなさ。
 ひどく重苦しいのに、読後感は爽快です。それでもやっぱり、この世界は生きるに値するという気分になる。
 こんな作品に出会えたとは、なんという幸運であったか。

作者のロサ・リクソムさん
(Credit: Bokmässan i Göteborg, Openverse)

 ロクサムさんの文体は、読むものを深く引きこみます。
 ロシア男のおしつけがましい演説のような長広舌。対する少女はほとんどしゃべらない。男にはヴァジム・ニコラエヴィチという名前があるのに、少女には名前がない。ただ「少女」でしかない。だからこそぼくらは「少女」に感情移入してしまう。
 たくみな語り。
 たったふたりの話のなかに、無数の人生が呼び出され、踊りつづける。

 翻訳者の末延弘子さんによれば、ロクサムさんは若いころから「オルタナティブ活動家」を自称しているそうです。「若者、少数者、女性、自然のために」声をあげてきた。社会の底辺にいる人びとへの深いなじみ感がある。そのなじみ感が、この作家を信じてもいいと読むものを安心させてくれる。

 ぼくのフィンランドのイメージは変わりました。先進でおしゃれな福祉の国という印象が強かったけれど、それだけではない。虐待も麻薬もDVも差別も何もかもが、やっぱりこの国にもある。そしてまた、それを文学にするロクサムさんのような作家がいる。
 そこにぼくは、にわかに、また勝手に、連帯感を抱いてしまいます。
(2026年2月23日)