動機はわからない

 トランプ元大統領が銃撃されました。
 銃弾が耳たぶを貫通したけれど、生命の危険はなかった。選挙に影響はないとわかり、アメリカはすぐ元通りになりました。共和党大会が開かれ、お祭り気分が事件の記憶を消しています。
 こういう事件が起きると、ぼくらはすぐに動機を探してしまう。でもコラムニストのデビッド・ウォレスさんは「動機なんてわからない」といいます。わからないままにこの銃撃事件をうけとめる。その姿勢に、ぼくは新鮮さを感じました(What if We Learn Nothing About the Man Who Shot Donald Trump? By David Wallace-Wells. July 17, 2024. The New York Times)。

 ウォレスさんは型どおりに指摘します。アメリカにはいかに銃撃事件が多いか。
・・・アメリカの大統領は、直近12人のうち11人が暗殺されそうになったり、銃撃を受けたりしている。ジャーナリストのデビッド・ダイエンはいう。「われわれは政治的暴力がつねに聞こえるBGMのような現実を生きている」・・・

 今回トランプ候補を射ったのは20歳の白人男性、共和党の党員だったけれど政治活動をしていた形跡はない。射殺されてしまったから本人に聞くことはできないけれど、動機は不明です。ウォレスさんは、動機なんてものはなかったのだろうといいます。だからわれわれはすぐに事件を忘れてしまう。

 アメリカは3億の人口が4億丁近い銃を持っている社会で、銃による犯罪がヨーロッパの22倍も起きている。強力な殺傷力の銃による大量殺人事件がくりかえし起き、しかも増えている。明らかに人種差別や怨恨と思われるものもあるけれど、なぜ起きたのか、動機がわからない事件もたくさんある。

 ウォレスさんはそこで、「こうした事件すべての中心に銃があるというのに、奇妙なことに誰もそれに触れようとしない」と、銃社会の病理を指摘します。
 それはそれで重要でしょう。
 けれどぼくは、ここで議論をちょっとずらしてみてみたい。
 銃をなくせば事件は減るというのではなく、また犯行の動機を解明すれば再発が防げるというのではなく、もうちょっとちがう形でみてみたい。

 それは、人間は予測できないということです。
 トランプ候補を射った若者は、強い政治的な動機や信念で動いたようには見えない。なぜそんなことをしたのか、周囲にはわからないし、もしかしたら自分でもわかっていなかった。でも人間はそうなることがある。どんなに法律や教育や社会規範があっても、そうなることがある。
 よくも悪くも、予測できない。性善説でも性悪説でもなく、予測不能説。そんなことをぼくは考えます。それを前提に、そこから出発すべきじゃないかとも思うのです。
(2024年7月19日)