精神病の治療は、患者の状態だけみていても進まない。経済や雇用、温暖化や環境など、世界の「大きな状況」も考慮しなければならない。
新しい研究が、このように主張しています。
ようやくそこまで来たかと、ぼくは膝を打ちました。かねて精神病はこの社会を映す鏡のようなものだと思っていましたから(Are We Thinking About the Youth Mental Health Crisis All Wrong? By Christina Caron. Aug. 13, 2024. The New York Times)。
斬新なレポートが載ったのは、専門誌『ランセット・サイカイアトリー』最新号です。
世界トップクラスのこの医学誌は、5年前から50人規模の専門家や当事者の委員会を設置し、「悪化する若者の精神保健」を研究してきました。
中心となったオーストラリアの精神科医、パトリック・マクゴリー博士はいいます。
「すみやかな早期介入が必要だ。若者世代が命を失い、健康をそこない、集団的に学業が低下しているのであれば、社会は深刻な影響を受ける。それは現に起きていることだから」
若者の精神状態の悪化は、しばしばソーシャルネットワークやスクリーンタイム(スマホなどを見ている時間)が問題になります。
けれどマクゴリー博士らは、より大きな世界状況にも目を向けなければならないと主張する。この20年、学生たちは過重な学費、富の不平等、雇用の不安にさらされてきた。
アメリカ精神医学会のリサ・フォーチュナ博士は、社会状況に注目して精神保健を考えようとするのは、この分野のパラダイムシフトだといっています。
「一人ひとりの精神状態への対応が大事だけれど、精神科医や精神保健スタッフは、そこから一歩引き下がって、人種差別や貧富の格差、精神保健へのアプローチといったより大きな状況の影響を見ることがますます大事になっている」
この研究を読んで、ぼくは思い出すことがありました。
北海道浦河町で出会ったひとりの若者のことです。うつや爆発で不安定になった彼は、ある日東京に出て山の手線に乗り、一日ぐるぐる回って保護されました。後日、どうしたのと聞かれて、「湾岸戦争起こしたの、おれだと思って」と笑っていた。
みんなも、それを笑い話として楽しんでいた。
でもあのとき、そこで一歩引いて、戦争が彼に、彼らに、どう影響していたかをもうちょっと考えていれば何かが少しちがったかもしれない。世界の大きな状況を意識し、それなりに話し合うくふうをしてみること。状況をとおして、そこにかかわろうとすること。
そうすれば、そういう積み重ねがあれば、その数年後、彼は自殺しなかったかもしれない。
笑うだけでもいけないんだと、いまとなっては思い返します。
(2024年8月15日)