少数派のワクチン

 アメリカは、反ワクチン社会になる。
 コロナだけでなく、乳幼児のはしかや破傷風など、すべてのワクチンを「そんなもの、やめろ」という国になるかもしれません。
 次期政権で、ロバート・ケネディという奇妙な政治家が保健福祉省、アメリカの健康を守る行政のトップに指名されたからです。トランプ政権が“荒唐無稽な政治”になるにしても、ここまでとは思わなかった(The main reason RFK Jr. is unqualified to serve as HHS secretary. By Leana S. Wen. November 15, 2024. The Washington Post)。

次期保健福祉長官に指名されたロバート・F・ケネディ氏
(Credit: Gage Skidmore, Openverse)

 保健福祉長官に指名されたロバート・ケネディ氏は、かつてのケネディ大統領の甥、いまはトランプ氏の支持者で名門ケネディ家の異端者です。
 政治的志向がどうであれ行政の長としての力があればいい。けれど力より何よりも問題なのは彼が科学を否定していることでしょう。たとえば「乳幼児のワクチンで自閉症が起きる」というような。

 自閉症がなぜ起きるかについては多数の研究があったけれど、科学的には「わからない」というのがいまの結論です。
 なかにはワクチンが原因だろうと調べる研究もあったでしょう(そういう研究がどれほど行われたか、調べる気もしないから正確にいえませんが)。ワシントン・ポストのコラムニストで医師のリアナ・ウェンさんは、「乳幼児のワクチン接種が自閉症の原因とする見方については、すでに否定する科学的研究が多数出されている」と指摘する。彼は科学者ではなく、活動家だともいっている。
 ケネディ氏のいうことは、科学ではなく思いこみにすぎない。思いこみを、国民の健康を守る行政機関の長として社会に押しつけようとしている。

 自閉症だけではない。ケネディ氏の「反科学」は広範にわたります。今後8年間、感染症の研究を停止するとか、CDCやFDAなど感染症に関連する部門の政府職員600人を即座に解雇すると公言している。牛乳は生で飲めというから、生乳によるサルモネラや鳥インフルの感染が急増するのではないか。急増しても事態が把握できず、ワクチンもない、作ろうともしないという事態になるかもしれない。

 反科学の陰謀論や迷信は、日本でも強まっているとぼくは感じています。
「ワクチンで救われるより、奪われる命のほうが多い」というケネディ氏の主張は奇妙な説得力がある。愚かなアメリカと笑っても、それは明日の自分たちかもしれない。ここでもまたぼくは、これからの社会で生きるということは、ワクチンの選択ひとつにしても少数派になることだろうかと考えこんでしまいます。
(2024年11月18日)