幻覚を見直す

 幻覚剤を使った人の脳には、まるで指紋がついたように特有の痕跡が残る。こんな研究を脳神経学者が発表しています。
 幻覚剤の研究を通して、精神症状としての幻覚、また精神症状一般の解明も進むかもしれません(Scientists identify ‘neural fingerprint’ of psychedelic drugs in the brain. 6 Apr 2026. The Guardian)。

 研究したのはカナダ、マクギル大学のダニロ・ブゾク博士らのグループです。
 研究対象は幻覚剤のLSD、シロシビン(マジック・マシュルーム)、DMT、メスカリン、そして南米先住民が儀式で使うアヤワスカでした。
 この5種類の幻覚剤(物質)について、ブゾク博士らは世界5か国、11か所のデータベースに保存されている267人の脳画像を分析しました。その結果、これら幻覚剤はいずれも脳の「階層構造を溶解させてしまう」パターンがあるといいます。

幻覚成分「シロシビン」を有する「マジック・マシュルーム」(ミナミシビレタケ、Credit: Kristie’s NaturesPortraits, Openverse)

 階層構造の溶解って、なんだ?
 意識をつかさどる脳の高次機能と、視覚や興奮といった原始的機能の部位のあいだで、階層構造を超えたコミュニケーションが強まるらしい。
「脳の各部位のあいだのやりとりが、束縛を解かれたかのようになる。過剰な交信だ」
 幻覚剤は、これまでは脳のネットワークを破壊するから幻覚をもたらすといわれたけれど、そうではなく、ネットワークを過剰に働かせている。

 幻覚剤は、一部がうつ病などの治療に応用されています。
 幻覚剤研究の進展は、幻覚の神経学的な解明を進め、うつ病や統合失調症、PTSDなどの新薬開発につながるかもしれない。

 ぼく自身はこうした研究に、これまでにない興味をおぼえるようになりました。
 それは、精神疾患の一部は「脳の病気」であり、脳科学の進歩に強く影響されると思うようになったからです。
 むかしの躁うつ病、いまでいう双極症がそのいい例でしょう。
 双極症は「脳の病気」だということを、与那覇潤さんの著書『知性は死なない』であらためて確認しました。加藤忠史さんの『双極性障害』(ちくま新書)にもそう書いてある。
 脳の病気ということは、精神の病気(統合失調症など)とはちがうということです。
 脳の病気は薬が中心になる。精神の病気が薬中心にならないのとはちがう。

 脳の病気と精神の病気を混同していたこれまでの不勉強を反省し、脳科学を見直すようにしています。
(2026年4月10日)