精神症を語る

 専門職が、在学中から精神症を学ぶ。こんな試みが、デンマークで進んでいます。
 警察官やソーシャルワーカー、看護師、医師。そういう専門職は、ときに「最悪の状態」の精神障害者に向き合わなければならない。そのときどうすればいいか。これを、精神症の当事者の話をじかに聞いて学んでもらうという試みです(A Danish Program Takes On the Stigma of Mental Illness. March 3, 2026. The New York Times)。

 精神症の人が専門職や、専門職になろうとする人に話しかけるプログラムは、「ワン・オブ・アス」(One Of Us)と呼ばれ、2021年、デンマーク保健省がはじめました。
 ワン・オブ・アスが派遣する精神症者は、警察や警察学校、病院や看護学校などを訪れ、自分の病気と回復の話をします。

・・・精神症が急性期でたいへんなとき、警察官が来ておとなしくしろというけれど、幻聴は反対に「いうことを聞くな」と命令する。とても混乱する。なぜ病院にいるかわからないのに、看護師は質問に答えず、自分をベッドに押さえつけるだけ。圧倒的な絶望と恐怖・・・
 生身の当事者が語ることで、警察官も看護師もワーカーも、またそういう専門職になるために学んでいる人も、はじめてわかることがあります。そこには教科書とはまったくちがうレベルでの理解が生まれる。

 当事者の話は民間ではすでにいろいろ行われているけれど、デンマークはそれを国の公式プログラムにしました。
 背景にある重要な概念は、こと精神症にかんするかぎり「教育は役に立たない」ことです。いくら教科書で教え、啓発運動を進めても効果は一時的でしかない。
 代わりに社会学者らが提唱するのは、ソーシャルコンタクト(social contact)、社会的接触が大事だという概念です。本人に出会い、話を聞く。
 それも、ただ集まって話を聞くのではない。話す人と聞く人が、人間として共通の関心をいだき、対等な立場で出会うことが肝心だとロンドン大学(スクール・オブ・エコノミクス)で精神保健を研究するサラ・エヴァンズラッコさんはいいます。
 はじまって4年、ワン・オブ・アスは期待どおりの成果をあげているらしい。

 ほお、デンマークもここまで来たかと、ぼくは感心しました。
 ソーシャルコンタクトは、北海道浦河町の精神症者が40年前から独自に進めてきたことです。街のなかに出て、町民相手に自分たちの病気を語る。「けっして糾弾しません・差別偏見大歓迎」といって。差別偏見はなくそうと思ってなくなるものではない。自分たちを見てもらうしかないといって、街に出ていった。
 ようやくデンマークが追いついてきたのかな。
(2026年3月9日)