縁を切る

 アダルト・チルドレンからインナー・チルドレンへ、そしていまエストレンジメント(estrangement)、「縁切り」へ?
 子ども時代のトラウマを抱える人が、「回復」するために親との縁を切る。
 そんなことを治療の一環として行っていいのかどうか、アメリカの精神医療、臨床心理の分野で論争になっています。伝統的な家族のあり方を根底から問う動きでもあります(Is Cutting Off Your Family Good Therapy? By Ellen Barry. July 14, 2024. The New York Times)。

 精神医療専門記者、エレン・バリーさんの長文の記事を読みました。
 トラウマ、ことに虐待やネグレクトで子どもが受けたトラウマ(心的外傷後ストレス障害)がテーマです。

 トラウマを抱えているとは知らずに大きくなった子どもは、異常な行動を起こしたり人間関係をそこなったり、不安やうつ、自殺念慮にとらわれたりすることがある。それがメディアでも話題になり、カウンセリングや対処法がたしか30年ほど前からさまざまに模索されてきました。彼らをアダルトチルドレンと呼び、“インナーチルドレン”を探すと称する「自分さがし」も、一時流行したものです。
 今回、バリー記者が伝えたのはトラウマの原因となった家族との縁を切る「治療法」でした。

 パトリック・ティーハンさんというソーシャルワーカーが登場します。
 ティーハンさんはアルコール依存症の親のもとで過酷な子ども時代を過ごしました。おとなになって親との縁を切り、自分を取りもどしたといいます。ソーシャルワーカーになり、「毒家族」との縁切りを広くユーチューブで訴えるようになりました。多くのクライアントが、自分の提唱する対処法で回復に向かったといいます。過激な方法ではあるけれど、それが有効な場合もあるのでしょう。縁切りは、ネットを通して広がっています。

 一方、縁を切られた家族、ことに親たちのなかには、カウンセラーが家族の絆を切るように勧めるなんて、倫理的に問題だと強い反発もある。専門家のなかにも、治療者は害をもたらしてはならないという原則にもとるといった批判があります。
 けれどティーハンさんは、“家族がすべて”という考え方を見直すべきだと主張する。
「文化的に当たり前とされていることをわれわれは打ち破ろうとしている。どんな関係のもとでも、虐待は虐待です」

 家庭内のことに他人が口を出すなというのは、洋の東西を問わず「文化的に当たり前」のこととされる。でも、だからこそ虐待は起き、隠される。エストレンジメント、家族の「縁を切る」方法はトラウマのすべてに有効ではないにしても、もっと社会化されていい方法でしょう。ぼくらは「国」とおなじく、「家族」「血縁」にも絶対の価値をおいてしまう傾向がある。その傾向は、もっと疑われてしかるべきです。
(2024年7月31日)