自閉症ワクチン説の怪

 ワクチンを接種すると自閉症になるという迷信は、さまざまな陰謀論のメカニズムを考える上でとても参考になります。
 アメリカで広がる迷信のベースには、「こんなにたくさんのワクチンを打つと子どもの免疫が壊れてしまう」という、いかにも大衆受けする俗論があるとこのブログに書きました(12月18日)。
 その後さらにわかったのは、迷信、俗論には、もととなる「科学的主張」があったことです。迷信がトランプ政権のもとで復活する可能性も出てきました(Research Finds Vaccines Are Not Behind the Rise in Autism. So What Is? Dec. 23, 2024. The New York Times)。

 自閉症ワクチン説のもととなったのは、1998年に出たひとつの論文です。
 イギリスの医師、アンドルー・ウェイクフィールド博士がまとめた論文は、12人の子どもを調べた結果、3種混合ワクチンが自閉症の原因という可能性を指摘しました。
 この論文によって広範なワクチン反対運動が起き、ワクチン禍は一時大きな社会問題になっています。

 しかし、ウェイクフィールド博士の主張を支持する科学者はほかに誰もいなかった。その後わかったのは、博士の研究は倫理的に深刻な問題をいくつもかかえていたことです。研究資金の一部をワクチンの害を訴えていた弁護士から受けていたり、患者に腰椎穿刺というかなり危険な検査を実施しながら倫理委員会の許可をえていなかったことなどです。
 2010年、博士の論文は撤回され、博士は医師免許を停止されました。
 医師免許が停止されたというのは、相当ひどい研究だったということでしょう。

 ところが、これが逆に自閉症児の親の会を元気づけたようです。論文の撤回を受け、アメリカの親の会は次のような声明を出しています。
「これは研究に対する迫害であり、論争をむしろ再燃させるものだ」
 真実を主張する科学者が迫害されている、というわけです。
 自分たちの主張が否定されたのを、科学的な否定というよりは弾圧と受け止める。自分たちは製薬企業や政府の巨大な陰謀に立ち向かっているという信念が、むしろ強まる経過をたどったかのようです。

 自閉症ワクチン原因説は、医学界ではなく一般社会で生きのび、めんめんと受けつがれ、いまや次期アメリカ政府の保健福祉長官のかかげる政策になろうとしている。
 もちろんワクチン原因説を唱えているのは親の会の一部だし、それが政府の公式見解になるかどうかも、いまはまだわからない。けれどぼくには、「科学を否定する政治」という傾向がトランプ政権で確実に強まるだろうという予感があります。
(2025年1月3日)