HRをめぐる緊張

 HRは、ハームリダクションのことです。
 麻薬依存症の対策として欧米で広がっているこの方式は、麻薬を「やめさせる」のではなく、麻薬の「害」を減らし依存症者を「守る」ことに主眼がおかれる。
 まるで麻薬を助長しているかにも見えます。なにしろ公的な施設で依存症の人に看護師が麻薬を「安全に注射」してくれる。もちろん合法的にです。清潔な注射針や、緊急時の救急キットまでくれる。
 禁止と処罰で「やめさせる」方式より、はるかに多くの依存症者を救ってきました。麻薬対策、依存症対策の王道だと、このブログでも何度か書きました。

 HR、ハームリダクションを日本も取り入れるべきだという声が、精神科医や依存症当事者のあいだで聞かれます。
 ところが日本には、依存症対策としてすでに「アディクションアプローチ」というやり方がある。アディクションアプローチとハームリダクションは相容れない面があり、両者のあいだに「緊張が走っている」と精神医学者の松本卓也さんが書いています。
 いったい、どういうことだろう。

 松本さんの著書『斜め論』を読むと、「緊張」の中心には、アディクションアプローチで鍵となる「底つき」という概念があります。
 底つきは、依存症から抜け出そうとして失敗をくり返し、底の底にまで落ちて自分はもう「どうすることもできない」と悟った状態です。そうならないかぎり依存症者は立ち直れない。底つきになってはじめて次の段階、自助グループにつながれると考える。
 けれど「底つき」は、ハームリダクションという方式から見ればむしろ「害」になり、回復の可能性を奪いかねません。底をつく前に命を落とす人もいる。

『斜め論』(松本卓也、筑摩eブックス、2025年)

 双方それぞれに、いやしかし、と反論がある。
 それを読むと、どちらがより受け入れやすいかかんたんにはいえません。ただ、底をつくかどうかにかかわりなく、回復には自助グループが大事だという共通の認識があるようで、そのことにぼくはひとまず安心します。

 北海道の浦河で、ぼくはずいぶんたくさんのアルコールやギャンブル依存の人に会いました。回復した人もたくさんいます。数十年ドライだった人がまた飲むようになったけれど、ふたたび依存症になることはなかったという話も聞きました。しみじみ思ったのは、依存症もたいへんだけれど、依存を抜け出した「その後」もたいへんだということです。
 依存にいたる前から後まで、全過程を見れば、底をつくかつかないかはどうでもいい。むしろ底つきを絶対視することのほうが危ないという感覚があります。
(2026年1月30日)