緩和ケア、という精神科の新しい動きが広がっています。
もしかするとこれは、精神科に起きている歴史的な地殻変動かもしれない。けれど一方ではこれに対し医療の放棄だという強い批判もある。ニューヨーク・タイムズ・マガジンに載ったエンゲルハート記者の長文のレポートは、摂食障害、拒食症とかかわる精神科の現場に深く入りこんだ秀作でした(Should Patients Be Allowed to Die From Anorexia? By Katie Engelhart. Jan. 3, 2024. The New York Times)。
緩和ケア(palliative care)は、もともとはがんの末期状態などにある患者が、自分の意志で積極的な医療から苦痛をやわらげる治療、あるいは処置に切り替えることを意味します。死期を早めてもいいから、苦しい治療より「楽になる」ことを選択する。これを精神科の領域にも適用しようというのが、いまアメリカの一部で起きている動きです。
言い換えれば、身体疾患ではすでに1970年代から「治療よりケア」への動きがあり、終末期医療、ホスピスケアが定着している。精神科領域だって治すことがきわめて困難な症例については、治療からケアへの移行があってもいいのではないかという考え方です。当然ながらそこには、緩和ケアは「死の選択」にもなりうるという理解がともなう。
2010年に発表されたひとつの論文が、この動きを進めました。
タイトルは、「無益な医療と精神科:難治性拒食症の治療における最後のよりどころとしての緩和ケアとホスピスケア」です。
コロラド州の精神科医、ジョエル・イエガー博士らが3人の連名で「摂食障害国際ジャーナル」(The International Journal of Eating Disorders)に発表しました。拒食症などで治療が困難な精神科の患者については、「治す」医療がときに無益であり、「緩和ケア」に移行すべきケースがあると主張しています。
短絡的な見方をするなら、これは治療の放棄でしょう。
イエガー博士らの議論には精神科医の多数派、主流から強い批判が起きました。どんな患者についても治療をあきらめてはならないと。
批判の中心にあるのは、精神科の治療はがんの治療とはちがうという主張です。患者が治るか治らないかは誰も予測できない、あらゆる治療に反応しなかった患者が20年後に回復した例もある。だから治療をあきらめてはならない、という指摘です。
けれどイエガー博士らは、どんな治療をどこまで進めるかは患者が決めることで、患者には治療をあきらめケアに移行する権利があるといいます。
医者が決めるのか、患者が決めるのか。
精神科の患者に、治療やケアの選択などできるのだろうか。
精神科全体を揺るがすこの議論を、明日以降もう少し補足しましょう。
(2024年1月9日)