もうひとつの文化戦争

 培養肉が新たな壁にぶつかっています。
 牛や豚の細胞を工場で培養して増やす培養肉は、大豆ミートなどの植物タンパクとちがって、組成そのものは本物の肉と変わらない。安価に大量にできれば、牛や豚を屠(ほふ)るいまの食肉消費は一変します。夢のような技術、実現してほしいけれど、この培養肉の製造販売を禁止する法律ができました。アメリカ、フロリダ州などでの動きです(Why states are suddenly making it a crime to sell lab-grown meat. May 14, 2024. The New York Times)。

 培養肉は実験室ではできているけれど、価格が高すぎてスーパーには並んでいない。その“架空の”培養肉について、製造だけでなく販売も禁止したのはフロリダ州とアラバマ州です。先頭に立つフロリダ州のデサンティス知事は、「ニセモノの肉は、このフロリダでは作らせない」と胸を張っている。
 安全や健康を考えてのことではない。食肉産業を守るために。

培養肉(資料写真、2022年)
(Credit: Ivan Radic, Openverse)

 安い培養肉が広く出回ったら、食肉産業は崩壊しかねない。だから反対なのだろうけれど、事態はそれほど単純ではない。大手食肉企業はすでに培養肉の開発に多大な資金を投入しており、いざとなれば培養肉への転換もちゃんと視野に入れている。
 じゃあ培養肉禁止は、何が目的なのか。
 ハーバード大学のスパーシャ・サハ講師は、フロリダにつづいて培養肉を禁止する州がつぎつぎ現れれば、「長期的には公共の利益にとって壊滅的な打撃になる」といいます。
「代替可能エネルギーを禁止するようなもの。こんなことが政治問題になるなんて悲劇だ」

 太陽光や風力発電はいまさら禁止できない。でも培養肉はいまなら禁止できるということでしょう。これは培養肉の政治問題化であり、もうひとつの文化戦争の勃発です。
 生活や文化のあり方をめぐり、激しくなる一方の保守とリベラルの対立。そこに培養肉がまきこまれました。

 リベラルな進歩派は、培養肉が普及すれば牛や豚が残酷に殺されることはないし、食肉生産で出る大量の温暖化ガスが減って地球温暖化の対策にもなるという。食肉の需要は2050年までに50%増えるから、培養肉は世界的な食糧問題の解決にもなります。
 そういう進歩派の主張を、保守派は気取ったインテリのお題目とみなして反発する。牛肉、どんどん作って食べればいい。地球温暖化なんてうそ八百とばかりに、デサンティス知事はフロリダ州の法律から「気候変動」ということばをすべて削除したほどです。

 なげかわしいかぎりだけれど、それがアメリカの現実です。培養肉は、政治論争よりよほどわかりやすい形でアメリカの病理を見せてくれる。トランプ氏の再選でこの病理はさらに深刻になるでしょう。
(2024年5月28日)