遠くのガタリ3

 ガタリ思想は広大無辺で容易に理解できない。
 けれど精神病について、狂気についてガタリがいうことはとても示唆的です。たとえば「制度的精神療法」のように。そうしたいくつかの鍵概念を追い求めれば、精神病についてこれまでより少しはまっとうな捉え方ができるのではないか。そんな期待とともにぼくはガタリを読んできました。

 今回、その過程で思いもよらぬ宝物を拾っています。
 それはフェリックス・ガタリが考えていたことは、日本の精神医学者・中井久夫と重なるということです。東西の巨人がそれぞれ独自に、精神病についてまったくおなじ見方に達している。これは心おどる発見でした。

『フェリックス・ガタリと現代世界』(ナカニシヤ出版)

『フェリックス・ガタリと現代世界』で、村澤真保呂さんが指摘しています。ガタリは、分裂症者は「独自の豊かな宇宙を内包している」が、その宇宙を社会に奪われているという。中井久夫もおなじだったと、村澤さんは中井の次の文章を引いていいます。
「統合失調症の人々は、しばしば独自の「宇宙」をもっており、周囲の無理解や否定によって、その「宇宙」が押しつぶされることに、したがってそこに生きる彼ら自身が押しつぶされることに苦しんでいる・・・」(中井久夫「こころ」、杉村昌昭、堺毅、村澤真保呂編、『既成概念をぶち壊せ!』晃洋書房、2016年、p115)

 中井は、治療者はそうした統合失調症の宇宙を否定し排除するのではなく、「包みこんで育む」べきだという。
「つまり統合失調症者の「社会復帰」とは、彼らを既存社会の鋳型に入れ込むことではなく、彼らの「宇宙」を包みこんで育むような新たな社会をつくることであり、いわば「社会」を「宇宙」へと復帰させることなのである」(同)
 患者を変えるのではなく社会を変える。これはまさに制度論的精神療法です。

 2022年に亡くなった中井久夫は、精神医学の巨星というより現代日本を代表する知性だった。彼の本を何冊も読んだけれど、こんなことが書いてあるとはつゆ知りませんでした。中井ワールドもまた広大無辺です。村澤さんは思想の専門家としてそこに入りこみ、精神病の新しい見方を提示してくれた。
 ガタリから遠回りして中井久夫に出会う。それは目を開かれる貴重な出会いでした。宝物を拾った気分です。
 じゃあ中井久夫を読み直せばいいかというと、そうではない。
 中井とガタリが重なるといっても、重ならない部分もまた広大無辺です。寄り道はしたけれど、ぼくはまたガタリの世界をさまよいます。
(2025年12月5日)