かつてレヴィ・ストロースはいいました。
旅よ、夢のような約束に充ちた魔法の小箱よ、と。
前世紀まではそうだった。いまはどこに行こうが観光地はみなおなじ、レヴィ・ストロースのいう旅の魅力はもうありません。
と思っていたら、いやいや、別な旅があるのだとか。
「オフラインへの旅」です。
ネットもスマホもない世界にどっぷりひたる。これこそがもうひとつの旅だと作家のコリーン・キンダーさんが書いています(What Happened When My Yale Students Gave Up Their Phones for Four Weeks. By Colleen Kinder. Dec. 19, 2025. The New York Times)。

イエール大学の教員でもあるキンダーさんは、2017年から毎年夏、南フランスのオヴィラール村に学生を連れていき、合宿しています。そこで4週間、学生たちは完全オフラインになる。スマホなし、インターネットなし、パソコンはワードプロセッサーが入っているだけ。
「学生のほとんど2004年生まれで、小学2年から携帯を使っている。デジタルなしでは過ごせないと思うと、やってみれば意外にかんたんなんです」

合宿の目的は論文を書くこと。4週間、毎日6時間、集中して論文を書く。この全期間スマホもグーグルもいっさいなし。休み時間も寝るときも、ネット、SNSゼロ。
するとどうなるか。
学生たちは音を上げなかった。むしろ集中力が増し、資料が速く読めるようになり、かつてなく多くの論文が書けるようになった。おまけに夜はぐっすり寝られる。

(Credit: Jack ma, Openverse)
学生たちの印象的なひとことは、「できるんだ」でした。
ネットやスマホがなくても、自分はここまでできる。これこそ親や教師のだれもが聞きたかったことばだろうとキンダーさんはいいます。
「学生たちにとってフランスは異国だけれど、オフラインで暮らすのもまたフランスとおなじように異国を旅する経験なのです」
旅の貴重な経験が、これからの大学教育にどう反映されるべきか。
スマホやネットは必要だけれど、部分的でもいいから、学内に完全オフラインになれる環境をつくることが必要ではないかとキンダーさんは考える。今回の合宿とおなじように、それを学生が「仲間とともに」共有できることが肝心です。学生は、ひとりで完全オフラインに耐えることはできないから。
なるほど。2004年生まれの学生にとって、ネットがないのは異郷を旅する経験なのかと、ぼくは妙なところに感心しました。
(2025年12月22日)
