産後精神病をめぐって、精神科医が揺れています。
そういう病気があることはわかる、でもどう定義すればいいのか。
精神科のバイブルともいわれるDSM、精神科診断マニュアルに、この病気を書きこむかどうかが争われています(Will ‘Psychiatry’s Bible’ Add a Postpartum Psychosis Diagnosis? By Ellen Barry and Pam Belluck. Jan. 20, 2026. The New York Times)。
ニューヨーク・タイムズの精神科専門記者二人が取材したのは、33歳のエミリー・スリウィンスキーさんでした。
出産後まもなく眠れなくなり、犬が話しかけてくる幻覚に振り回され、粉ミルクがなくなる心配で頭がいっぱいになった。救急搬送され、統合失調症と診断されてパニックを起こし暴れている。大学病院に転院して産後精神病とされ、治療を受けて回復しました。
一般病院では産後精神病がわからず、専門医のいる大学病院ではじめてわかり救われたケースです。そういう例が、おそらくほかにもたくさんある。

産後精神病は、出産後の女性が幻覚妄想をいだくなど、精神的な危機におちいる病気です。出産後の千人に1人から2人が発症し、極端な場合は自殺にもいたる。
マウントサイナイ病院の専門医、ヴィール・バージンク博士は、これは「明確に発症し、発病の契機も明らかで生物学的にも明快な」病気だから、診断基準「DSM」に含めるべきだと主張しています。
まったくそのとおりと思うけれど、精神医学会のなかには反対がある。

ここから先は学術色の濃い論争になります。
反対論をぼくなりに要約すると、「へたに診断基準を作ると危ない」ということらしい。どういうことか。
産後精神病は多くはが双極症とみなされるけれど、うつ病や統合失調症の症状を呈することもある。それらが急にあらわれ、ほどなく鎮静する。双極症のリチウム剤を処方するのがいい場合もあれば、害になることもあり見きわめはむずかしい。こんな複雑で変化し捉えがたい精神疾患を、いまの段階でDSMに書きこむことはできない。書けば、ヒポクラテスの教えに反して患者に「害をなす」医療が行われてしまう。
うーん。
DSMに書かないことも、別の意味で「害をなす」ことにならないだろうか。
産後精神病の理解が進まなければ、これからも出産後の女性に対する「不当な扱い」がくり返されるかもしれない。とはいえ、精神医学会がこの問題を多数決で決めるのではなく、議論をつくしたいといっていることには敬意を払いましょう。
(2026年1月23日)
