ガタリ的
前回に書いた90年代東京の「だめ連」は、はじめからフェリックス・ガタリの思想に感化されていたようです。 だめ連を書いた矢部史郎さんは、自分たちはガタリ主義を掲げたわけではなかったけれど、ガタリ的だったといいます。影響を
前回に書いた90年代東京の「だめ連」は、はじめからフェリックス・ガタリの思想に感化されていたようです。 だめ連を書いた矢部史郎さんは、自分たちはガタリ主義を掲げたわけではなかったけれど、ガタリ的だったといいます。影響を
こんなところにも幻覚妄想大会があったのか。 思わずニヤリとする一文がありました。『現代思想』2013年6月号、「特集フェリックス・ガタリ」のなかにあった矢部史郎さんの論考、「九〇年代、ガタリを語りを読んだ頃」です。この
アメリカのある学生が、自分たちにはもう「人に話しかけるって文化がない」といっていました(11月15日)。みんないつもスマホを見ているから、話しかけたら悪いという冗談半分です。が、ぼくは冗談よりほんとに近いと思いました。
若者が本を読まなくなった。 こんなことをいうと、あやしいと思われます。事実ではなくイメージ、それも誤ったイメージじゃないかと。 日本の若者だって、学校ではけっこう本を読んでいるという議論もある。その一方、町の本屋はどん
依存症を、脳から見るな! 依存症の回復者が、脳中心主義を批判しています。 議論しているのは、このブログでもたびたび紹介している“依存症ジャーナリスト”、マイア・サラヴィッツさん。彼女は、依存を脳内の神経伝達物質「ドパミ