ポリネータ

 環境問題で、ポリネータということばをよく聞くようになりました。
 花粉媒介者ともいわれる。蝶や蜂など、花の蜜を吸って飛び回り花粉をあちこちに運んで受精させる昆虫のことです。庭でも野原でも、ポリネータが多いのが “いい環境”、人工的に管理されたきれいな芝生などは、ポリネータがいないから“悪い環境”だとされる。
 そのポリネータが、殺虫剤や生息環境の減少で劇的に減っています。このため花がポリネータに頼らず、自家受精(自家受粉)するようになったという研究がありました(Flowers Are Evolving to Have Less Sex. Jan. 4, 2024. The NewYork Times)。

 フランス、モンペリエ大学の進化生物学者、P・チェプトウ博士の研究です。
 博士はポリネータの激減で、野草も変化しているのではないかと考え、ヨーロッパに多いスミレの一種、マキバスミレを研究しました。
 研究では、フランス国立植物種保存所の1990年代からのマキバスミレの種と、現在の種とが比較されています。その結果、1990年代のものにくらべ、いまのマキバスミレは自家受精するものが27%も増えていることがわかりました。

 いまのマキバスミレは、1990年代にくらべて大きさは変わらないけれど、花弁が10%ほど小さくなり、花蜜の量も20%少なくなっています。マキバスミレは、受粉を行うマルハナバチのようなポリネータにとってより魅力のないものになりました。マキバスミレは、ポリネータが少なくなった新しい環境に適応し、ポリネータなしでも生存できる方向に進化していたのです。

マルハナバチ

 こうした変化がわずか20世代で起きたのは驚くべき速さだと、チェプトウ博士いいます。
「ほかの種がこうした進化をとげていないとは考えられない」

 博士は、ポリネータと花はマイナスの螺旋におちいっているかもしれないといいます。
 花がなくなれば蜂は減る。蜂が減れば花はさらに減るという下向きの螺旋。
 短期的に見れば花の自家受精は生き残りに有利かもしれない。でも自家受粉で遺伝的多様性を失えば、新しい環境変化に適応できず絶滅の可能性は高まります。しかもいったん有性生殖をやめたら、その能力を再び獲得することはむずかしい。

 カリフォルニア大学の生物学者、S・メイザー博士は、これは印象的な研究だけれど、マイナスのスパイラルはチェプトウ博士が示唆するよりもっとひどいかもしれないといいます。ポリネータの減少だけでなく、気候変動など、ほかの原因によっても花は自家受精を強いられているからです。
 花も蜂も、進化し変わっている。
 その進化は、ダーウィンのころのように自然がもたらすものではなく、人間がもたらすものとなっています。ぼくが小さいころになじんだ野原の風景は、驚くべき速さで失われようとしているのでしょうか。
(2024年1月5日)