マンスプレイニングは、説教したがる男たち。
マノスフィアは、強がる男が群れるネット空間。
マン何とかって、いいことがない。こんどは「マンキーピング」が出てきました。鉢植えに水をやるように、女が男を見てやること、とくに「話を聞いてやる」ことです。もう、そんなのやってられないという気分が女のあいだに広がっている(Why Women Are Weary of the Emotional Labor of ‘Mankeeping’ July 28, 2025. The New York Times)。
マンキーピングの背景にあるのは、男は自分の気持ちを話せないということです。
おしゃべりな女に対し、男は黙ることで「威厳」を保ってきた。でも女から見れば、そんなのおしゃべり「できない」つらさを自覚していないだけ。

たとえば、と、記事はいいます。
ニューヨークのあるソーシャルワーカーは、相談に来た男に必ず質問する。「あなたの身に起きたことを、だれに話していますか?」
だいたい、だれにも話せていない。話せても、相手は妻かガールフレンド。パートナーの女たちが事実上のカウンセラーになっている。
女が男の相談相手をさせられる、そういう関係性をスタンフォード大学のアンジェリカ・フェララ博士は、「マンキーピング」と名づけました。
フェララ博士らの2021年の調査によれば、男の15%は「自分には親しい友人がいない」と答えている。これは1990年の3%にくらべ、顕著な増加です。20年前、男の半分は困ったら友人に相談すると答えたけれど、いまは20%しかない。

男はなべて、社会関係が希薄になった。友人がないので異性のパートナーに頼る。
本来、男も女のように、友人や仲間に話すべきです。マンキーピングに頼りつづけると、男女関係はそこなわれ、独身女がふえることになりかねない。
マンキーピングという用語が広がったことで、自分の立ち位置を見直す女も出てきました。自分は男の言い分を聞きつづけ、一方的な感情労働を請け負ってきたのではないか。そういう非対称性を、男は「当たり前だ」という。
当たり前と感じているかぎり、救われない。
あるセラピストのことばが印象的でした。
「男は社会的つながりを必要としている。傷つきやすによるつながりを」
強さではなく、傷つきやすさ(vulnerable)でつながる。人間関係の要諦です。そのようなつながりのもとで、話をすることができる。聞くこともできる。
マンキーピングは行き詰まる。男はマッチョの仮面をかぶる。
(2025年7月30日)