もう、内輪もめしている場合ではない。
薬物依存についての長文のレポートで、ジェニーン・インターランディ記者が指摘しています。依存症の対策にはいくつもの大きな壁があるけれど、治療法をめぐる対立がそのひとつになっている。これを読んで、ぼくは依存症への見方を修正しなければならないと思いました。依存症は複雑なものだという明白な事実が、よりよく見えてきた気がします(The Addiction Treatment Gap. By Jeneen Interlandi. Dec. 13, 2023. The New York Times)。
インターランディ記者のレポートは、アメリカで毎年10万人が命を落としている薬物乱用、依存症についての総合的な報道です。
依存症対策には不十分な予算しかなく、スタッフが不足して支援の手が伸びないために、全米4千800万人の依存症者はほとんどが回復への道を歩めていない。
指摘された問題点のひとつは、依存症の治療薬メサドンでした。これはもともとがんの疼痛治療などに使われていた薬ですが、依存症の治療にも有効です。だからもっと使うべきなのに、さまざまな規制がある。メサドンを解放すべきだとインターランディ記者は訴えています。
ぼく自身が注目したのはハームリダクションと呼ばれる依存症対処法の位置づけでした。
ハームリダクションは依存症者に対し、麻薬や覚醒剤を「やめろ」というのではなく、「安全に使う」ことを勧め支援します。禁止と処罰から信頼と支援への転換でしょう。このブログでもこれまで、ハームリダクションを提唱するマイア・サラヴィッツさんらの主張を取りあげてきました(2022年5月6日ほか)。
インターランディ記者はハームリダクションを否定はしない。問題なのは「内輪もめ」だといいます。ハームリダクション内部の内輪もめではなく、ほかの対処法とのあいだの“競合”です。たとえば薬物療法や、アルコール依存症者からはじまったAA(アルコホリック・アノニマス)の「12ステップ法」などが、ハームリダクションじゃだめだといったり、その逆方向の主張が行われたりする。12ステップのグループは、ときに薬を飲んでいるメンバーが参加できないといった本末転倒も起きている。
依存症は単一の治療法で対処できるものではない、というのが今回のレポートの主眼です。ハームリダクションも服薬も12ステップ法も認知行動療法も、効果的に組み合わせればいい。さまざまなアプローチ、多様な社会資源が連携するところで、はじめて依存症の対策は進みます。
当たり前のことだけれど、そういう当たり前のことが進まないのは、たんに予算不足だからではありません。いまなお薬物依存を「本人の問題」と見る社会の風潮が一番の要因でしょう。依存は本人だけの問題ではないし、本人だけで解決できる問題でもない。
ぼくにはいま、依存症という現象が及び腰のアメリカ社会を鍛えているというふうにも見えてきます。
(2023年12月21日)