それぞれの事情

 マグパイ・スウープ(magpie swoop)、っていうんだそうです。
 いまオーストラリアのあちこちで起きている、ちょっとした騒ぎ。
 マグパイはカササギですが、カラス科のこの鳥が背後からバサバサっと襲来(スウープ)して人を脅す。こういう事例がオーストラリアで頻発し、ときに足の爪で頭を蹴られ、嘴でつつかれてケガする人もいる。
 南半球が春を迎え、繁殖期に入ったカササギが巣を守るための行動ですね。
 ぼくはカラスに襲われたことがあるので、他人事ではありません(Magpie swooping: Inside the Australian bird’s annual reign of terror. Sept. 28, 2023. BBC)。

 カササギはカラスとおなじカラス科の鳥で、とても頭がいい。人間になつくこともあるけれど、繁殖期は攻撃的になることがある。危なそうに見える人が近づくと、背後から羽音を立てて襲いかかる、またはそのふりをする。あわてて自転車から転落し死亡した人がいるというから、「カササギ殺人事件」はほんとにあったことらしい。8月から11月が「スウープ」の頻発期、あちこちには注意書きの看板が立ちます。

「カササギ飛来注意」の看板
(メルボルン郊外 Credit: eddale, Openverse)

 専門家は、カササギはやみくもに人を襲わないといいます。たとえばカササギの巣に向かって走っていったり、何かを投げるようなしぐさをすると脅威とみなして行動を起こす。人の顔を覚えるので、一度襲った人をくり返し襲う。外見がおなじに見える人まで襲うこともあるらしい。とくに自転車に乗った人が襲われるのは、カササギにとっては歩行者より危険に見えるからでしょう。

 対策は、あわてて逃げない、帽子をかぶって頭を守る、サングラスを逆向きに後頭部につける、などがあります。かつて小学生に「カササギ帽」というのをかぶらせたけれど、効果がなかったのか最近は見かけなくなりました。

カササギに襲われるサイクリスト
(Credit: ビクトリア州政府, Openverse)

 そんなに「迷惑」にもかかわらず、オーストラリア人はおおむね寛容です。繁殖期以外は平和な鳥だし、害虫を駆除する益鳥でもある。人間が脅威に思う以上に、カササギにとって人間は脅威なのかもしれない。人を脅す行動も「攻撃」といわず「スウープ(飛来)」といって好意的に見ている。それすら、どこか楽しんでいるようです。
 BBCの取材に答えたひとりの市民がいいました。
「カササギに“スウープ”されてなきゃ、あなた、オーストラリア人とはいえませんよ」

 ぼくがかつて散歩中にカラスに襲われたのは、やはり繁殖期でした。後ろからバサバサと「スウープ」され、びっくりして腹を立てたものです。でもカラスにはカラスの習性があり、事情があると知れば反応はちがったでしょう。ごめんね、また出直すわ、と、いまなら思えるかも。オーストラリアのカササギの話を聞いてからは。
(2023年10月3日)