中国の内なる声

 中国に住む中国人が、「外强中干」とニューヨーク・タイムズに寄稿していました。
 外强中干(wai qiang, zhong gan)とは、外見は強そうだが見かけだおしという意味です。習近平体制を率直に批判したことになる。こんなこと書いて大丈夫か、でも、中国人でもここまで書けるのかと驚きました(China Looks Strong. Life Here Tells a Different Story. By Helen Gao. Nov. 13, 2025. The New York Times)。

 寄稿したのはフリー・ジャーナリストのヘレン・ガオさんです。
 北京在住で、これまでタイムズだけでなく、リベラルな雑誌アトランティックや、ハーバード大学、イエール大学の学術誌にも寄稿している正統派のジャーナリスト、らしい。

ヘレン・ガオさん(本人の「X」から)

 そのガオさんが、アメリカに対抗できる世界唯一の大国で「静かな絶望が広がっている」といいます。経済停滞、失業、生活苦で多くの国民はあえいでいる。
・・・中国の人びとは思っている。中国を強国に見せる政策が、いまでは国民を痛めつけていると。国の富は、政府が重視する産業分野、電気自動車や太陽光パネル、造船などに回され、庶民には届かない。中国はレアアースの供給をしぼって世界を締めあげたが、その陰で大気と土壌は汚染されている・・・
 中国以外の人が書けば当たり前のことだけれど、中国に住む中国人が書いているところに意味があります。それが中国人の実感だと。

中国・上海市の南京路 (Credit: mripp, Openverse)

 ガオさんは当然ながら、関税をめぐる米中の衝突にも触れている。
・・・人民日報は4月、中国は団結してアメリカの脅しに対抗できるといった。けれど人びとの反応はちがう。失業、食卓の窮状、教育費の高騰で庶民は「いっぱいいっぱい」、アメリカとの貿易戦争に勝つためには「人民の犠牲が必要なんだろう」という投稿がSNSで拡散し、たちまち当局に削除された・・・
 数年前なら、人びとは国威発揚を求めた人民日報の勇ましい論調を称賛しただろう。そのような愛国心はいまはほとんど失われている。

 若者の失業率はきわめて高く、推定2億人がギグ・エコノミー、一時仕事にしかつけていない。経済不安から若者は結婚できず、人口減少に拍車がかかる。持てるものと持たざるものの格差は開くばかりと聞くと、そうか、中国も「ふつうの国」なんだと思いあたる。

上海市の路上 (Credit: szeke, Openverse)

 習近平や中国共産党、トランプやアメリカ保守派だけを見ていると、なんと絶望的な世の中かと思う。けれどガオさんが伝える中国庶民の姿は、アメリカ庶民とよく似ています。失業、ギグ・エコノミー、生活費の高騰や格差の拡大は、資本主義が浸透した国はどこでも共通した現実でしょう。
 そういう世界で、国威発揚なんてことになんの意味があるかと思います。
(2025年11月19日)