医者のジレンマ

 医者は、患者家族の不当な要求をどこまでのまなければならないのか。
 アメリカの医療機関で、この種のトラブルが目立つといいます。日本でも先ごろ、タレントが看護師に暴行し逮捕されたけれど、患者や家族による医療者、医療機関への暴力、ハラスメントが増えていると聞きます(Every Doctor Faces This Dilemma. By Daniela J. Lamas. April 20, 2025. The New York Times)。

 ボストンの病院のダニエラ・ラマス医師は、患者家族が医療行為そのものを支配しようとするトラブルを伝えています。
「コロナ末期の患者の家族が、ネット上に出回っている薬を患者に飲ませろといってきた。ウィルス疾患には効かないが、投与するとすれば、クレームの多い家族とのトラブルを避けるためとなる。そんなことをしてもいいだろうか」

 おなじような要求は少なくありません。
 コロナにかんしては、右翼の一部が抗寄生虫薬「イベルメクチン」を使えと主張してきました。医療上の理由からではなく、患者家族とのトラブルを避けるために処方する医師がいる。一方そうしない医師もいて、医療全体の信頼がそこなわれている。
 医師が何をするかについて、正直で開かれた議論が必要なのではないか。
「けれど医療不信の高まっているアメリカで、そんなことはできないかもしれない。とくに外来での診察が15分しかないと」

 終末期医療を専門とするジュディス・ネルソン医師は、患者家族の要求をすべて受け入れることはないにしても、真剣に耳を傾けることが大事だといいます。
「ICUではできるだけのことをしてくれたと、家族が思えるようにすること」
 ラマス医師自身は、末期状態の患者に対し、ときに「逆転ホームラン」ねらうこともあるといいます。ふつうは使わない強い抗生剤やステロイドを使って。うまくいかなくても、自分はできるだけのことをしたと思える。
「いちばんいいのは、私たちの不完全な思考過程を患者と共有しようとすることでしょう」

 患者家族が持ち込んだネット上の薬を、結局ラマス医師は患者に投与しました。効果はないと思うが、家族には大事なので投与すると説明して。数週間後、患者は亡くなったけれど、ラマス医師は家族に「できることはすべてした」と伝えることができた。家族も、以前のように怒ることはなかったといいます。

 不完全な思考過程を共有する。
 とても手間がかかりめんどくさいことだけれど、おそらくそれが、トラブルだらけの場でも誠実であろうとする臨床医の実感なのでしょう。
(2025年4月23日)