居眠り礼賛

 じゃあペンギンは夢を見ないんだろうか。
 ペンギンが眠ると知って、ぼくはそんなことを考えました。なぜって、ペンギンの眠りは数秒しかつづかないから。たった数秒の眠り。ぼくらが退屈な会議の席で、眠くてどうしようもなくなり、一瞬ガクッとしてあわてて顔を上げる、ああいう眠りですね。でも、ペンギンの場合はそういう瞬間睡眠しかない。それを1日に数千回くり返すんだそうです。
 てことは、数秒の断片をつなぎ合わせてひとつの夢を見てるんだろうか(Penguins Take Thousands of Naps Every Day. Nov. 30, 2023. The NewYork Times)。

 眠りについての、新しい知見を吹き込んだ研究です。
 リヨン神経科学研究所(フランス)のP・リブレル博士らが、専門誌「サイエンス」に発表しました。リブレル博士たちは2019年、南極に近いキングジョージ島でペンギンの睡眠を調査しています。ヒゲペンギンという、ごく一般的なペンギンに測定機器を取り付け、11日間、脳波を観測しました。
 ヒゲペンギンは一度に9時間、海で餌を探し、その後22時間、陸で卵を抱いたり雛を育てるサイクルをくり返します。海にいるときはほとんど眠らないけれど、陸で巣に入っているあいだは数秒間の睡眠を1時間に600回もとることがわかりました。

ヒゲペンギン
(Credit: D-Stanley, Openverse)

 なぜこんな睡眠パターンなのか。リブレル博士は厳しい生存環境のせいだろうといいます。ペンギンの繁殖地は数千羽が密集し、騒音が絶えない。カモメの一種のミナミオオトウゾクカモメなどが襲いかかり、いつ卵やヒナを食べられるかわからない。そういう環境で眠るには、この“瞬眠”の断続パターンが生存に有利だったのでしょう。

 動物の睡眠パターンはじつに多様で、コウモリの一種であるトビイロホオヒゲコウモリは1日に20時間も寝ます。キリンは2時間。アザラシは脳の片側だけで眠り反対側は起きている “部分睡眠”をくり返すので、眠りながらでも泳ぐことができる。ペンギンの瞬間睡眠がわかり、睡眠についての研究はさらに幅を広げました。

ヒゲペンギンの営巣地
(Credit: Liam Quinn, Openverse)

 そういう研究のすべてが向かう先には、ぼくらはなぜ眠るのかという深遠な疑問があります。
 睡眠が必要なのは、脳細胞が廃棄物を処理するためだとか、神経回路の調節のためだとか、さまざまな仮説が提唱されている。でも今回、ぼくにとってひじょうに刺激的だったのはオクスフォード大学の神経学者、V・ブヤゾウスキー博士のコメントでした。
 われわれは睡眠を逆に考えているのではないか。これが脳のもともとの働き方じゃないのか。
「基本的に、生きているときは眠っているものだ。必要なときだけ目を覚ますというのが、本来のあり方だと考えてみること」
 何のために眠るのかではなく、何のために起きるのか。そういう視点で睡眠を見直す。いいですね、これ。会議で居眠りしてもちょっと罪悪感が薄れる。人間って、もともと眠ってるのが本当の姿なんです。
(2023年12月13日)