欧米中心を離れて

 書きたくないけれど、書かないわけにいきません。オオカミは人間を襲うと。
 ぼくは長年、オオカミは狂犬病になったとき以外、人を襲うことはないといってきました。これはまちがいでした。BBCによれば、オオカミによる人間の襲撃は、過去に多くの例があります(The child-killing wolves sparking panic in India. Sept. 5, 2024. BBC)。

 インド北部のウッタル・プラデーシュ州では、ことし、住民がオオカミに襲われる事件があいつぎました。子ども9人とおとな1人、合わせて10人が死亡しています。
 子どもの多くは住居で寝ているところを襲われました。住居は鍵のない簡素な作りで、オオカミが侵入しやすかったらしい。

 インド北部では1981年から82年にかけ、少なくとも13人の子どもが犠牲になっている。いちばんひどかったのは1996年で、ウッタル・プラデーシュ州の50の村が5つのオオカミの群れに襲われ、38人の子どもが死亡しました。
 1996年の襲撃事件を調べた専門家は、オオカミが襲った貧困地帯では、親は生活に追われて子どもを見ることができず、「子どもより家畜が守られていた」といいます。家畜を大事にするあまり、子どもが犠牲になってもニュースにならなかったのでしょうか。

 インド北部では、オオカミが住民を襲うことは以前からよく知られていたようです。
 けれど欧米では、きわめてめずらしいことでした。
 ノルウェー自然調査研究所のまとめによれば、2002年から2020年にかけ、オオカミが人間を襲った「比較的信頼のおける報告」は、21か国で489件ありました。そのうち26件が死亡事故です。約380件が狂犬病にかかったオオカミによる襲撃とされています。
 また北アメリカの事例について研究しているデイブ・メックさんは、北アメリカには7万頭のオオカミがいるが、人間が襲われて死亡したケースは過去50年で2件しかないといいます。

 おそらく欧米で知られている死亡事故の多くは、狂犬病が関係しているのでしょう。狂犬病のオオカミは攻撃的になり、だれかれみさかいなく噛みつくようになる。そういうオオカミによる襲撃が大部分だったのではないか。
 つまり、健康なオオカミは人を襲わないとぼくは思っていました。
 けれどインドからの報道で、この見方はひっくり返ります。
 あきらかに狂犬病ではない、ふつうのオオカミが人間を襲っている。

 背景には、温暖化による洪水でオオカミの住環境が劣化し、食糧事情が悪化したなど、さまざまな推測があります。けれどこれまでのオオカミ論にインドが含まれなかったのは、やはり「欧米中心主義」のせいだったかもしれません。そのひずみのなかに自分も取りこまれていたのではないかと反省しています。
(2024年9月10日)