科学を脅す

 貴殿らは、特定の価値観や外部の圧力でねじ曲げられていないか。
 トランプ政権の検察官が、世界でもっとも権威ある医学誌のひとつ、NEJM(The New England Journal of Medicine)に異例の質問状を送りました。お前ら、政治に従えよなというかのように。
 検察官が科学専門誌を批判するのは異様ですが、これは批判というよりほとんど脅迫です。トランプ政権の反科学、反学問はここまできたかと、あいた口がふさがりません(‘Vaguely Threatening’: Federal Prosecutor Queries Leading Medical Journal. April 25, 2025. The New York Times)。

 書簡を送ったのはエドワード・マーチン検察官、ワシントン地区の連邦政府検事で、共和党の活動家です。NEJMをはじめ、これまでに3つの学術誌に書簡を送ったことがわかりました。

 マーチン検察官は、これら学術誌が「科学論議を政治的なものにしている」、掲載する研究論文の選択がかたよっていると批判しています。またこれら学術誌が、掲載した論文とは「異なる見解」の論文も同時に掲載しているか、論文が読者を「誤った方向に誘導」していないか、外部からの影響を受けていないかなど、疑問を列挙している。
 具体的な根拠は示してはいない。だから専門誌側も、反論のしようがない。
 NEJMのエリック・ルービン編集長は、これは「あいまいな脅迫」だといっています。

 あいまいだからこそ、書簡の意味は重い。
 自主規制が広がりかねない。それこそが強権政治のめざすところでしょう。

 背景には、科学そのものに否定的なトランプ政権、共和党政治があります。
 トランプ大統領は地球温暖化、気候危機を否定している。大統領が任命した厚生長官は反ワクチン論者で、ワクチンのせいで自閉症が増えたと反科学的言動をくり返している。大統領自身、パリ協定やWHOから脱退し、医学研究費の劇的な削減を進めています。ダーウィンの進化論を教えない国は、もうじき地動説にもどるのではないか。
 マーチン検察官の書簡は、そうした政権の意向を反映し、科学研究といえどもときの政権に従わなければならないといっているのでしょう。
 科学の自律性を真っ向から否定する動きです。

 ペンシルベニア大学のアマンダ・シャノール教授はいいます。
「医学専門誌の場合、表現の自由は憲法修正1条によって広く認められている。今回の書簡は、表現の自由に不安とおびえをもたらそうとしている」
 ばかばかしい出来事なのか、それとも深刻な事態なのか。すべては沈みゆく大国の焦燥の表れとしか思えません。
(2025年4月30日)