紅茶に塩

 これは速報に値します。
 アメリカとイギリスのあいだで論争が起きている。紅茶をめぐって。いや18世紀ボストン茶会事件の再現じゃありません。アメリカ人がイギリス人に紅茶のいれ方を講釈している。しかもそのなかに、紅茶に「塩を入れるといい」という一項があった。とんでもないことだとイギリスが沸騰しているそうです(The Biggest British-American Tea Kerfuffle Since … Well, You Know. Jan. 24, 2024. The New York Times)。

 紅茶に塩?
 発端となったのは、アメリカ、ペンシルベニア州の名門女子大学、ブリンマーカレッジの化学者であるミシェル・フランクル教授が出版した『淹れる:茶の化学』という本でした。
 教授は1000年にわたる東西のあらゆる茶の文献を調べ、紅茶を研究しています。そして当然のことながら、ティーバッグは1回しか使わないこととか、ミルクを加えるときは温めて入れるようにといったアドバイスを並べている。しかし一点で、著作は激しく炎上しました。紅茶に塩を加えるといい、というのです。

 スプーン1杯ではない、耳かき一杯、隠し味程度に塩を加えるといい。
 紅茶の葉っぱを湯につけすぎると苦味が出るけれど、その苦味を感じる舌の受容体を、塩分がブロックしてくれるとフランクル教授はいいます。
「そうすると苦味が減り、紅茶はなめらかになる」
 中国の茶聖といわれる陸羽が8世紀に書いた本『茶経』にも、茶をいれるときはいつも塩を加えるようにと書いてあるそうです。

 でもそんなことでイギリス人が納得するわけはない。
 ITVテレビのニュース番組「グッドモーニング・ブリテン」は、紅茶に塩を入れるなんて「犯罪的だ」といい、新聞デイリー・メイルはイギリスは「湯気を立てて怒っている」と報じました。その背景には、そもそも「わかっていない」アメリカ人がイギリス人に紅茶の説教をするとはなにごとかという、確固たる国民感情がある。

ロンドンのアメリカ大使館
(Credit: Curran2, Openverse)

 大きくなるばかりの騒ぎに、ロンドンのアメリカ大使館が声明を出しました。
「イギリスの国民的飲み物に塩を加えるというおよそありえない考え方は、アメリカの公式の施策ではなく、今後もそうなることはない」
 声明はそのあとに、こうも加えています。
「アメリカ大使館はこれからも適切な方法で紅茶を入れるであろう。電子レンジで」
 これにはフランクル教授が真っ向から反対している。電子レンジで紅茶を入れるのは、アクが出る最悪の方法だと。
 みんな、どこまで本気なのか冗談なのか。イギリスでは。
(2024年1月25日)