60代からの語学

 年とってからの外国語学習は、認知症の予防になるだろうか。
「バイリンガルは認知症になりにくい」ということはよく知られているけれど、年をとってから外国語の学習をはじめ、「バイリンガルになろうと努力している人」は認知症になりにくいだろうかという疑問です。
 結論を先にいうと、外国語を学習して認知症が予防できるかどうかはわからない。でも脳は鍛えられるから、無駄ではないということのようです(Can Learning a New Language Stave Off Dementia? Jan. 16, 2024. The New York Times)。

 バイリンガルと認知症の関係は、2007年にトロント大学の研究者が発表した論文で広く知られるようになりました。この論文は、バイリンガルはそうでない人にくらべて認知症の発症が平均4年遅れるといいます。バイリンガルはスポーツや芸術などにくらべて脳の使い方が激しいので、脳はレジリエンス、強靭さを維持する、その結果認知症の発症も遅れるということらしい。
 でもそれは若いときにバイリンガルになり、ずっと複数の言語を使ってきた人たちのことです。高齢になってからはじめて外国語を学習する場合はどうなのか。

 西シドニー大学のマーク・アントニオウ教授は、外国語を6か月以上学んだ60歳以上の人を調べました。彼らの認知機能をテストすると、たしかに一定の向上はある。でもそれは数独やクロスワードパズルをした人の場合と大差なかったといいいます。
 ほかにいくつかの研究はあるけれど、高齢者の外国語学習が認知機能を向上させるというはっきりとした結果は得られていないようです。
 このなかでフランスの専門家、ケイトリン・ウェア博士の指摘には鋭いものがありました。彼女は「母語が抑えられることがいいのだ」といいます。つまり外国語を使おうとして苦労し、なんといえばいいか頭をしぼる、いわゆる「ことばに詰まる」ことが大事だというのですね。
「母語が抑えられることが認知機能の刺激になる。外国語を使えば使うほど、それは認知機能を訓練していることになるのです」

 高齢になってから外国語を勉強しても、認知症の発症は避けられないかもしれない。けれど、外国語の習得という形で頭を使うのは悪いことではない、というのがだいたいの専門家も異論のないところでしょう。
 なるほどそんなもんかなと思いつつ、ぼくはもうひとつのことを考えます。
 認知症の予防とか、発症を遅らせるとか、なんとかして認知症を避けようとするのは自然な思いかもしれない。けれどそうした思考は一方で認知症への偏見を強め、否定し排除することにもなりかねない。認知症を人間の自然な姿のひとつと見る、もうちょっとおおらかな捉え方があってもいいのではないか。そんなふうにも考えるのです。認知症は病気ではない、個性だという言い方もあるのですから。
(2023年1月26日)