アメリカでオオカミの「再導入」が少しずつ広がっています。
オオカミとともに暮らしたいという人が増えたためですが、一方では強い反対もあります。オオカミが家畜を襲う事例が増え、一部地域では住民同士の対立も強まっている。
そこに新しい動きが起きているそうです。オオカミとの共存を通して、対立する人間同士の共存を図るという興味深い動きです(What Can Americans Agree on? Wolves. By Erica Berry. Jan. 30, 2024. The New York Times)。
オオカミは、2016年のトランプ大統領の出現で逆風にさらされました。オオカミなんてどんどん殺してしまえという「トランプ的」な人びとの声が強まり、トランプ大統領は2020年、オオカミを絶滅危惧動物の指定から外しています。これを受け、ウィスコンシン州ではオオカミの射殺が合法化され、3日間で218頭のオオカミが射殺されました。条件付きではあるけれど、いまではいくつかの州がオオカミの射殺を認めています。
オオカミを殺せという人びと。守れという人びと。環境派と畜産業。町の住民と農民。さまざまな対立と分断が起きています。この修復は極めてむずかしい。オオカミたちはふたたび苦難の時代を迎えたと、ぼくはあきらめていました。
でもねと、“オオカミ作家”のエリカ・ベリーさんがいっています。
オオカミを通して住民が手をつなぐところもある。
たとえばオレゴン州では、オオカミに何度も襲われ家畜を失った農家に、地域住民が支援運動を起こしている。連邦政府や州の補助金だけでなく、クラウドファンディングで補償金を集め、広い牧場の全周を7千ボルトの電気を通す柵で囲うことができました。そういう有効な対策で支援された農家は、手当たりしだいにオオカミを射ったりしなくなる。
ほかの州でも、オオカミ保護派を含めた住民が畜産農家と連帯している。こうした支援を受け、オオカミに反対していた人たちも、射殺以外の方法で問題に対処しようと考えるようになりました。ある運動家はベリーさんにいっています。
「みんなできれば争いに巻きこまれたくはない。だから意見がちがってもなんとかやっていきたいと考えているんです」
2016年の調査では、オオカミに好意的な印象を持つアメリカ人は61%でした。
だから一般論としては多くの人がオオカミに賛成する。でも具体的な話になると、畜産農家をはじめ反対論が噴出します。そこで大事なのは数や理屈で押し通すのではなく、地域に根ざした包摂的なアプローチでしょう。それでうまくいっている地域が、多数ではないかもしれないけれどいくつかはある。
オオカミは分断を生むだけでなく、地域に融和をもたらすこともあるという話にぼくは救われます。
(2024年2月7日)