にらみ殺し

 一服の清涼剤。
 というほどではなくても、それに近い。
 世界最高のポップスター、テイラー・スウィフトさんです。いやぼくは彼女の音楽を論じるわけではない。政治的インパクトです。彼女は「バイデン支持」なんて一言もいっていないのに、ひとりの“まともな女”として発言している。それがトランプ陣営をいらだたせ、疑心暗鬼にさせています。いつバイデン支持を言い出すのかと。
 トランプ対スウィフト。
 分断と憎悪の政治家・対・こころを歌うスーパースター。
 まったくおもしろみのない大統領選挙も、ここだけに注目すれば興味が持てます(Taylor Swift, Travis Kelce and a MAGA Meltdown. Jan. 30, 2024. The New York Times)。

テイラー・スウィフトさん
(Credit: Eva Rinaldi Celebrity Photographeris, Openverse)

 アメリカのメディアを見るかぎり、テイラー・スウィフトさんはいまやBTSをしのぎ、プレスリーやビートルズと並び称されるスーパースターです。インスタグラムのフォロワーは2億8千万人、ライブのチケットはとても手に入らない高嶺の花だとか。
 そのスウィフトさんが去年9月、「みんな投票に行こうね」と訴えたら一瞬で有権者登録が3万5千人も増えた。投票率が高くなれば民主党有利なので、これは結果として民主党応援のコメントでした。もし「投票に行こう」が「バイデンに投票しよう」になったら、トランプ候補への打撃は計り知れない。だからスウィフトさんに絶対そのひとことをいわせてはならないと、多くのトランプ支持者たちが異常な警戒心を抱くようになりました。

 そこで出てきたのが、お決まりの「陰謀論」です。
 スウィフトはペンタゴンの秘密兵器で、彼女の人気は歌ではなく、ペンタゴンの心理作戦が作り出したものだ。彼女のボーイフレンド、フットボールスターのトラヴィス・ケルシー選手との恋愛はフェイクで、人気をあおり「バイデン支持」を言い出すためのしかけにすぎない。すべてはアメリカを裏で支配する秘密国家がしくんだことだ・・・
 荒唐無稽としかいいようのないこんな陰謀論を、多くのトランプ支持者が信じています。それがトランプ支持者といわれる人びとなのです。

スウィフトさんのライブ(2023年4月)
(Credit: Alex Jayneis, Openverse)

 当のスウィフトさんはSNSにこう書いている。
「私はずっと人権を守る候補者に投票してきたし、これからもそうする。私はLGBTQの権利の戦いを信じるし、どんな性別やジェンダーにもとづく差別もまちがいだと思っている」
 過激でも危険でも何でもない、当たり前の市民感覚です。でもそういう感覚が、MAGA(Make America Great Again)、再び偉大なアメリカをと訴えるトランプ支持者にはがまんならない。スウィフトさんはむしろバイデン支持なんていわないことで、そういうトランプ支持者を「にらみ殺し」にしているようにも見えます。
(2023年2月6日)