精神病はなぜ起きるのか?
きわめて重要な問題のようだけれど、調べれば調べるほどわからなくなります。多数の要因が複雑にかかわっているし、わかっている要因は一部にすぎない。だんだん、答えを求めること自体が無意味に思えてくる設問です。
けれど、時代とともに少しずつわかってきたことはある。そのひとつが「生まれか育ちか」の問題でしょう。
精神病には、遺伝が関係することはある。でもそれは少数派で、生育環境からくる精神疾患の方がずっと多いのではないか。こんなことを示す研究がありました(One Twin Was Hurt, the Other Was Not. Their Adult Mental Health Diverged. March 6, 2024. The New York Times)。
双子を対象にした研究です。
遺伝的に似た人を調べ、生育環境が異なると精神疾患の発症はどう異なるか調べる研究のひとつで、アイスランド大学とスウェーデンのカロリンスカ医科大学の学者が進めました。2万5千人の双子を調べ、虐待などで子ども時代のトラウマを抱えた人は、そうでない人にくらべて精神疾患を発症する率が2.4倍高いことを明らかにしました。
さらに、双子のなかで別々の生育環境で育ったペア6千人あまりについて調べると、生育環境に問題のあった場合はそうでなかった場合にくらべ、精神疾患を発症する率が高かった。その率は一卵性双生児の場合1.2倍、二卵性双生児の場合は1.7倍だったといいます。
一卵性双生児で1.2倍は、大した差ではないかもしれない。でも差は差です。二卵性双生児で1.7倍というのは、遺伝子がちがえば精神疾患の発症率はちがうということでしょうか。いずれにしても遺伝は関係する、必然ではないけれど。
双子の精神疾患については、1967年に発表されたゴッツマンらの有名な研究(The Gottesman-Shields Twin Study)があります。彼らは、一卵性双生児のどちらか一方が統合失調症を発症しても、もう一方が発症する率はおよそ半分だと明らかにしました。遺伝だけで発症するわけではないけれど、あきらかに遺伝も関与している。これは当時主流だった「遺伝ではない。母親の育て方に原因がある」という見方をくつがえす、歴史的な研究でした。
今回の研究はそれほどの衝撃はないとしても、ずっと広い社会現象をカバーします。
小児期の虐待、トラウマが、おとなになってからの精神疾患、それも統合失調症だけでなく、うつ病、不安症、薬物依存など、広い範囲の精神疾患、行動障害につながることを明らかにしています。精神疾患を小児期の経験だけに帰するのは危険だけれど、こうした研究を軽視すべきではないでしょう。
生まれか育ちか。精神病の原因はその両方であり、どちらがどうかかわっているかは一人ひとり、そのときどきで異なっている。そういう複雑な現象としてみるべきだと、これらの研究は教えてくれます。
(2024年3月8日)