MCIの前に

 認知症は治せない。
 それはもうあきらめるしかないと思っていたけれど、そうではないのかもしれません。
 発症を遅らせることが少しはできるかもしれない。初期段階であれば進行を遅らせることも、場合によって可能。ここ数年そんなふうに思えるようになりました。そのためには早めに診断した方がいいといわれます(Living with memory loss, working to fend off dementia. March 3, 2024. The Washington Post)。

 MCI(mild cognitive impairment)、軽度認知障害。
 物忘れがひどくなり、会話についていくのがむずかしい。でも日常生活はなんとかなり認知症というほどではない。それがMCIです。ぼく自身そうなんじゃないか。一応、運転免許更新時の認知症検査には受かったけれど、もうむかしの自分ではない。これから数年したら、もっとはっきりとボケるでしょう。
 そろそろ、MCIかどうか診断してもらったほうがいいだろうか。
 そんなことをしても“老人産業”の餌食になるだけだろうか。

 そこで出会ったのが、アメリカの学者の「時は脳なり」ということばでした。
 タイム・イズ・ブレーン。これはタイム・イズ・マネー、時は金なりのもじりでしょう。時間と金を無駄にしてはいけない、脳もまた無駄にしてはいけないという意味です。
 認知症になってからでは手遅れ、前段階のMCIから対策を取ったほうがいい。
 それにはまず自分で簡易テストをしてみる。オハイオ大学の「SAGE」がよく使われ、ネットで手に入るからそれを使うといい。そしてMCIかなと思ったら医師と相談です。

 10年前だったらこんなことをしてもほとんど意味はなかった。でもいまは認知症対策の薬、レカネマブ(商品名レケンビ)があります。これはMCIの段階で投与すれば有効とされる。認知症の原因物質、脳内のアミロイドβの蓄積を遅らせ、病気の治療ではないけれど進行を遅らせる効果がある。
 アメリカではすでにMCIの人びとへの投与がはじまり、それなりの効果をあげている。ごく一部に脳の浮腫や出血といった重篤な副作用があるけれど、アメリカのFDAも日本の厚生省も認可した薬だから、検討してもいいのかもしれない。

 それじゃあ、と思う一方で、でもなあと止まる。
 そんなことまでして長生きしたいのだろうか。認知症をネガティブに捉えたくはないけれど、MCIで、あるいは認知症で延命する人生にはどんな意味があるのだろう。ぼくは家族や友人のために生きている部分はあるかもしれないけれど、医師や製薬会社のために生きているわけではない。つらつらと思いをめぐらし、ま、いっか、となってしまう。いまのところは。
(2024年3月7日)