痛みは謎です。
体温や血圧のように測定することはできない。痛い「らしい」とわかっても、どれほどかは本人以外にはわかりません。その痛みを脳で把握し、制御する研究が進んでいます。
脳に電極を埋めこみ、電気的刺激で疼痛を緩和する。まるでSFみたいな医療です(Treating Chronic Pain Is Hard. An Experimental Approach Shows Promise. Aug. 14, 2025. The New York Times)。
中心になっているのは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経学者、プラサド・シルヴァルカー博士です。博士は何人かの患者の脳内に埋め込んだ電極を刺激し、疼痛をコントロールしようとしている。
具体的には、まず外科手術で患者の脳の奥深く、14か所に電極を埋め込みます。それらの電極で痛みを検知し、逆に外部から電気的な刺激を伝えて痛みを緩和しようとする。どういう痛みに、どういう強さ、頻度で電気的刺激を与えればいいか、1年ほどかけて調整しながら決めていくようです。

この治療を受けたエド・モワリーさん55歳は、最初の10日間の調整期間中、あるひとつの電気刺激パターンがツボにはまったようで、そのときのもようがビデオが記録されています。
「痛みがなくなった。止まったよ」
医師が「冗談じゃないだろうね」と尋ねる。「冗談なんかいうもんか」と答えている。
15歳のときサッカーで膝にケガをしたモワリーさんは、以来ひどい痛みに苦しんできました。
「シャワーを浴びると、全身をカミソリで切られているような痛みに襲われることもある」
これまで30回手術を受け、モルヒネやオキシコドンなどの鎮痛剤を多いときは日に17錠も服用してきました。けれど効き目はなかった。それが脳深部の電気刺激で劇的に改善されています。モルヒネも、今年中にはやめられるといっている。

脳内に電極を埋めこみ、電気的な刺激で疼痛をコントロールする治療は、これまでにも試みられたことがあります。でも効果ははっきりせず、医学的には評価されませんでした。今回有効と見られるのは、脳に与える刺激を患者一人ひとりでそれぞれ精密に調整しているからでしょう。
長年にわたるひどい疼痛をかかえている患者には朗報です。
脳内に電極を埋めこむなんてと、おじけづく人も多い。でも専門家のひとりはいっています。心臓のペースメーカーのようなもの。手術はたいへんでもその後のメリットは無視できない。
脳を電気的に刺激する治療法は、疼痛だけでなく、ほかの症状にも適用できる可能性がある。将来の応用範囲は広いと専門家は見ているようです。
(2025年9月17日)