懐柔ということばが人びとのあいだにしのびこみ、漠然とした不安をよんでいる。
ウクライナの首都キーウから、BBCのジョン・サドワース記者が伝えています。中国政府のウイグル族弾圧を取材したベテラン記者が、こんどはキーウにいると知り、関心を持って読みました。
ウクライナの苦境を、懐柔ということばを鍵に伝えています(In Russia’s ‘blitz’ of Ukraine, the question of appeasement is back. October 27, 2025. BBC)。
レポートはキーウの露店市場からはじまっていました。
前日、ロシアのミサイルに爆撃され、2人が死亡、9人が負傷したばかりの市場で、人びとは「爆弾なんかで市場はなくならない」と買い物をしている。
「ロシアはウクライナの心を砕こうと市街地を広範に爆撃している。市民にはロシアの脅迫に屈しないという思いがあるが、同時に恐怖心もある」

恐怖心は、ウクライナの過去の歴史がくり返されるのではないかということです。すなわち「懐柔」。むだな抵抗はするな、ロシアのいうとおりにしろというような。
ウクライナは、ソ連やナチスに踏みにじられた歴史があります。
ウクライナを支援する西欧にも、別の失敗の歴史がある。
20世紀はじめ、ナチスドイツが台頭したとき、当時の英首相チェンバレンは懐柔策をとり失敗した。プーチンに対して懐柔策を取るトランプは、かつてのチェンバレンとおなじではないか。
サドワース記者はそういったわけではないが、いかにもそうと受け取れるレポートをしている。なにしろイギリス人なので。
「アメリカ議会外交委員会のグレゴリー・ミークス下院議員は、トランプの戦略は「懐柔による弱さ」だといっている。ポーランドのトゥスク首相は「正義と永続する平和は懐柔では達成できない」といっている」

前線の戦闘は膠着状態です。
ロシアは前線ではなく、一般市民への攻撃を強めている。弾道ミサイル、ドローン、大型爆弾による爆撃は1日に数十回だったのが、この数か月は数百回のレベルになりました。爆撃の激化で、ことしはすでに民間人2千人が犠牲になったと国連はいいます。
ウクライナでは、終わることなく悲劇がくり返されている。こんな戦争はやめたいと、もっとも切実に願っているのはウクライナ人でしょう。でも彼らはロシアに屈して戦争をやめればウクライナはなくなると知っている。
懐柔はされない。懐柔は爆弾よりも恐ろしい。ウクライナの人びとは、アメリカがちらつかせる懐柔になびかないとサドワース記者はいっているかのようです。
(2025年10月29日)
