自閉症とFC

 重度自閉症の子は、言葉をまったくしゃべらないか、ほとんどしゃべらない。そういう子どもであっても、なんとか言葉をかわしたいと親は切実に願います。
 そこに、「FC」という民間療法が現れました。これを使えば自閉症の子とコミュニケーションがとれるといいます。科学的には根拠がない「治療法」が、なぜアメリカで広がろうとしているのでしょうか(Profound Autism Is Difficult Enough Without This Debunked Method. By Amy S.F. Lutz. May 1, 2026. The New York Times)。

 この問題について書いたのは、重度自閉症の息子を育ててきたエイミー・ラッツさんです。全国重度自閉症協議会の副会長で、医学史を研究する博士でもある。

エイミー・ラッツ博士(ペンシルベニア大学サイトから)

 ラッツ博士が取りあげたFCは、ファシリテイティッド・コミュニケーション(facilitated communication)のことで、ファシリテータという支援者が自閉症児を「介助」して文字を書かせます。二人いっしょに手を動かして文字を書けば、コミュニケーションがとれるようになるというのです。

 そんなことできるはずがないと、ぼくは直感的に思う。
 1989年にオーストラリアからアメリカに導入されたFCは、奇跡の療法と期待されたけれど、その後の多くの研究によって有効性が否定されました。児童精神医学会などの主だった組織も、すべてFCを認めていない。
 ところがFCの推進者は、いまやアメリカ政府を頼りとしている。保健福祉省のR・ケネディ長官は、FCで自閉症児が字を書けるようになったといっている。科学性のない自閉症対策が、おくめんもなく進められるのではないか。

 ラッツ博士の懸念はしかし、より本質的なところにあります。
 FCのもたらす最大の害は、自閉症のように認知的障害のある人が、障害にもかかわらずにもつ固有の生き方を奪ってしまうことではないか。
 FCは自閉症児に文字を書かせようとする。それが自閉症児の自発的な意思かどうか疑わしいだけでなく、文字を書かせること自体が自閉症児に対する抑圧支配になりかねない。自閉症児は文字を書きたいなどと、まったく思っていないかもしれない。自分のかぎられた音声で、わずかな発語で、動作で、自分を示すほうがずっといいかもしれない。だのになぜ、文字を「書かせる」ことにこだわるのか。

 自分のやり方で、自分のニーズに合わせてコミュニケーションを取ろうとする重度自閉症の子にとって、FCはがまんできないことではないか。
 ラッツ博士は、自閉症児であっても本人の生き方が尊重されるべきだといいます。この問題提起について、さらに考えてみたいと思っています。
(2026年5月6日)