精神科病院の暴力

 アメリカ、メリーランド州の精神科病院で暴力行為や強姦事件が頻発し、病院長が解雇されました。
 日本でも最近、神戸市の精神科病院の虐待が報じられています。ひどい精神科病院はどこにでもあると思ったけれど、中身は正反対でしょう。患者「からの」暴力に対処できなかったアメリカと、患者「への」暴力が問題になった日本です(How a ‘climate of chaos’ went unchecked at Maryland’s max-security psych hospital. October 15, 2024. The Washington Post)。

 ワシントン・ポストが報道したのは、メリーランド州立パーキンズ精神科病院でした。289床のベッドが、最重度の精神科患者を収容しています。
 この病院に5年前、スコット・モラン医師が赴任してから、治療、労働環境が急激に悪化しました。患者による患者への暴力、性的虐待、スタッフへの暴行が頻発している。

 慢性的な予算と人員の不足で警備体制は弱く、去年5月には患者同士の喧嘩が手のつけられない暴動となり、多数の負傷者も出ました。病院スタッフおよそ50人の半数が過去4年間に離職したというから、絶望的な職場だったのでしょう。

 そのパーキンズ病院で去年11月、40歳の女性患者が死亡しました。
 病院はただの病死としたけれど、遺体を見た葬儀社が家族に不審を告げた。警察が犯罪と見て6か月にわたり捜査しています。けれど監視カメラの映像が消されるなどしていて、検察官は起訴をあきらめました。
 それを、ワシントン・ポストが伝えました。
 女性患者の死だけでなく、長年にわたる病院の惨状が報道された。病院長のモラン医師は州保健局から責任を問われ、解雇されました。モラン医師については、メリーランド州医師会も1年間、医師免許を停止したというからかなりの問題があったのでしょう。

 表面的に見れば、これはひとりの精神科病院長の失敗だった。そういう病院長の陰で、多くのスタッフが絶望し、それ以上に多くの患者が過酷な入院環境に置かれていた。しかしより根本にあったのは、病院を運営する立場の州当局が長年にわたり病院の「予算と人員の不足」を放置してきたことでしょう。
 その州当局の背後には、精神医療に目を向けない社会の無理解があります。

 無理解は、アメリカも日本もおなじです。
 いやアメリカの方がまだましかもしれない。パーキンズ病院で起きたことは、暴力的にならざるをえない環境に追いつめられた患者の、暴力というより「暴発」だったと思えるからです。日本で、神戸の精神科病院で起きたのは、看護師集団による語るもおぞましい「患者への暴力」でした。暴力の方向がちがう。そこに彼我の精神医療体制のちがいが表れています。
(2024年10月17日)