認知症への視線

 認知症は治せないが、発病を遅らせることはできる。
 認知症になりかけている神経科医がいっています。そのための対策を日々実行し、あきらめるつもりはない。認知症の内側からの実況報告を、共感をこめて読みました(As a doctor, here’s what I have learned from my own Alzheimer’s disease. By Daniel Gibbs. December 7, 2024. The Washington Post)。

 自分は認知症になるといっているのは、ダニエル・ギブス博士です。オレゴン州の病院で25年間、神経科医として認知症患者を診てきました。今度は自分が患者になる番です。
 ギブス博士は2012年、研究目的で遺伝子を調べていたところ、自身にAPOE-4という遺伝子があることを知りました。この遺伝子があると80歳までに認知症を発症する可能性が高い。しかもそれが染色体の片方ではなく、両方にあるのでほとんど確定診断です。

 以前から兆候はありました。ありもしないパンが焼けているような、奇妙な匂いがする。嗅覚の幻覚です。しだいに友人や同僚の名前が思い出せないようになった。2018年には脳の画像診断を受け、タウ・タンパクの存在を確認しています。このタンパクが増えるとだんだん脳細胞が壊れてゆく。「もうすぐ認知症を発症する」という予告でした。
 ギブス博士は、認知症の患者は発病すると3年から5年で最期を迎えるが、早期に兆候がわかった場合、最期までの平均は12年と知っていました。発病する前に打つ手はある。

 発症を「遅らせる」こと。それしかない。
 ギブス博士は認知症の「発症遅延薬」の治験に参加しましたが、重度の副作用があり中止しました。薬以外の手段に頼るしかありません。
 中心となるのは生活習慣の変更だといいます。運動すること、食事を健康なものに切り替えること。毎日1万から1万5千歩歩く、週に2日はジムで汗をかく。食事は野菜やフルーツ、植物タンパクなどを中心とした「地中海食」にする。そうした生活習慣の改善で、認知症の発症は先に延ばせるという多くの研究報告があります。避けることはできなくても遅らせることはできる。

 なるほど。
 なまじの専門家がいうより、当事者の発信には説得力があります。
 その一方で、ギブス博士のアプローチはやはり「病気と戦う文化」の反映という気もします。アジアに住むぼくらには、もうちょっとやわらかいアプローチがあるのではないか。「楽しい認知症」をめざすというような、あきらめというか許容というか、消えゆく自分を許す、あるいは先人のたどった道を自分もまた歩むというような。そんな気の持ち方もあるのではないか。周囲との調和をはかりながら存在する、エコロジーという概念が浮かびます。
 どちらがいいとか正しいというのではなくて。
(2024年12月11日)