ほっかむりしない

 AIとベーシックインカム。
 いや、AIでベーシックインカムを実現するという話ではありません。AIを作る巨大テック産業が、ベーシックインカムの研究を進めているという話です。
 ベーシックインカムには、意外な支援者がいるのかもしれません(Is It Silicon Valley’s Job to Make Guaranteed Income a Reality? July 16, 2024. The New York Times)。

 ベーシックインカムは、住民に毎月、無条件で現金を支給する制度です。いまの社会ではもっとも効果的な福祉のあり方でしょう。これまで世界各地で小規模な実験がくり返され、着実に成果をあげてきました。
 自己責任なんてことを言い立てる人は、そんな金は酒やギャンブルに消えるだけだと反対します。でも彼らは貧困の現実を知らない。ベーシックインカムはもはや研究段階をすぎ、実施するだけだという活動家も多くなりました。

 そこに数年前からAI、人工知能関連の巨大テック企業の名前が出てきます。
 今回報じられているのは、AIのトップ企業、オープンAI社のサム・アルトマン代表が6千万ドル、100億円近い資金を集めて「オープンリサーチ」という組織を作り、ベーシックインカムの研究を進めていることです。アルトマン代表は2016年にいいました。
「ベーシック・インカムのような何らかの考え方なしに、真の平等を実現することは不可能だ」

オープンAI社、サム・アルトマン代表
(Credit: TechCrunch, Openverse)

 アルトマン代表だけでなく、マイクロソフトやグーグルなど、巨大テック企業のリーダーたちが、ベーシックインカムに関心を持ち、その動きにかかわっている。彼らの支援を受け、シリコンバレーの中心では950人の住民に月千ドルを支給する実験がつづいているそうです。

 ベーシックインカムは慈善事業ではなく、政府の福祉政策でなければならない。それは関係者すべての共通理解です。ではなぜ巨大テック企業がかかわるのか。ジョージタウン大学のカール・ワイダークイスト教授は、AIはわれわれの財産を使って製品を作ってきたと指摘します。
「もちろん金持ちはみなベーシックインカムを支えなければならない。でもテック産業には特別な責任がある」
 AIは、ネット上の膨大なテキストや画像を収集し、巨大言語モデルを作ってきました。元データはわれわれが提供しているのに、彼らはその対価を支払っていないと教授はいいます。さらに、AIは多くの失業者を生むという議論もある。すでに2015年には、ベーシックインカムはその対策になるという議論がはじまっていました。

 アルトマン代表らは、そういう議論にはかかわらない。でも“ほっかむり”しているわけでもない。自分たちは自分たちで、問題に向き合おうとしているかに見えます。それはそれで好感が持てる。企業の戦略であるにしても。
(2024年7月18日)