イワシの輝き

 イワシは、ウマミだ。
 イワシの研究者がそういっています。
 イワシのすばらしさは、ウマミとは何かを知っていなければわからない。
 んなの、あたりまえでしょ。と思う一方で、西洋文化はウマミ(umami)という感覚をようやく言語化したのかと、ちょっと感慨もありました(Anchovies Are Always a Good Idea. By Christopher Beckman. July 17, 2024. The New York Times)。

 研究者のベックマンさんはいいます。
 古代ギリシャの哲学者、デモクリトスの時代から、味覚は4つとされた。甘い、酸っぱい、苦い、塩からい。しかし20世紀はじめ、日本の科学者、池田菊苗が5つ目の「謎の味覚」があると提唱した。
 この5つ目こそが、後に味の素にもなった「ウマミ」でした。
 いまでは人間の舌に、ウマミだけを感じる味覚細胞が存在することもわかっています。

 そのウマミが、イワシには豊富に含まれている。
 とくにイワシを発酵させた、アンチョビーや魚醤(ニョクマムなど)に。
「どんな料理も、アンチョビーを半切れ乗せるか、魚醤を一振りすれば生まれ変わる。アジアでは干したり塩漬けにしたイワシが暮らしの一部だが、西洋社会はアンチョビーに極端に異なる反応を示してきた」
 西洋社会は、アンチョビーというよりイワシの扱いをまちがったのでしょう。発酵させる技術もなかった。だから美食家には知られていたけれど、一般には広がらなかった。

 そのアンチョビーを見直そうというのが、ベックマンさんの主張です。「肉食を離れるために」という意図も読み取れる。
「新鮮な野菜や焼いた魚にアンチョビーをつけてみよう。19世紀イタリアの僧ピアネは、肉を使わない料理の本で、レンズ豆の煮込みにアンチョビーを混ぜこんでいる」

 いまやアンチョビーや魚醤は、パリやニューヨークの高級レストランでも欠かすことのできない食材です。
 肉食は身体と地球によくない、だからもっと全粒粉や野菜や豆を食べよう。アンチョビーがそれを助けてくれる。アンチョビーのもとになるイワシは、世界中に豊富でサステナブル。

 イワシ礼賛。ようやくこの分野では西洋が東洋に追いつこうとしている。
 そんなふうに思う一方で、ぼくら自身もまた西洋化されイワシを大事にしなくなったと思います。煮干しを使わなくなったし、ウルメイワシにおいしいものがなくなった。イワシ文化は衰退しています。イワシに申し訳がありません。
(2024年8月20日)