グリズリーの真実

 グリズリーをカリフォルニアに放そう。
 こんな大胆不敵なアイデアを語っている人たちがいます。
 グリズリーというのは大型のヒグマで、もっとも危険で凶暴なクマとされる。そんなクマをカリフォルニアの山や森のなかに放そうというのだから、尋常じゃありません。いったい何を考えているのか。
 そういうとんでもない話に、ぼくはとてもひかれます(Frontier myth vilified the California grizzly. Science tells a new story. April 25, 2024. The Washington Post)。

 尋常ではない人たちは、UCSB(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)のグループです。
 彼らは、グリズリーが「危険で凶暴」だというのは誰がいっているのか、話の由来をきちんと確かめましょうといいます。学問的に資料を調べると、「グリズリーが恐ろしい危険なクマだ」という言説はほとんどがまちがいだとわかる。そういう言いがかりは、ヨーロッパから渡ってきた西部開拓時代の白人が、おおげさな脚色で創作した部分が大きいのではないか。

 それだけではありません。
 グリズリーが恐ろしい動物でないことは、カリフォルニアに数千年前から住んでいた先住民がいっていることです。南カリフォルニアの先住民、テジョン族の指導者であるオクタビオ・エスコベドさんはいいます。
「ここではクマは敬意を払われていた、とくにわれわれテジョン族からは」
 自分たちには、クマの子を隣の部族への贈り物にする習慣があった。テジョン族は大型獣を狩ることはあったが、クマを食べるようなことはなかった。
「彼らのじゃまをせず、彼らがわれわれのじゃまをしないかぎり、共存できる。グリズリーと先住民のあいだには共生的な関係があったんです」

 グリズリーは、カリフォルニアでは100年前に絶滅しました。ヨーロッパからやって来た白人開拓者が、オオカミとおなじくグリズリーも駆除してしまったからです。しかし先住民はその数千年前からグリズリーと平和に暮らしてきた。そういうゆたかな時代を取りもどしたいと、エスコベドさんや学者たちは「グリズリー再導入計画」を話し合っています。アラスカにたくさんいるグリズリーを、いずれはカリフォルニアに連れてきたいということでしょうか。
 おそらく住民の反対は強いから、すぐに計画が進むとは思えない。まずは「白人開拓者のナラティブ」に対抗する「グリズリーの真実」を広げなければなりません。

 それはまた、西部開拓という美名に隠れた破壊と殺戮を白日のもとにさらすことにもなるでしょう。ヨーロッパ人の開拓とはいったい何だったのか、それを先住民と、そしてまたグリズリーの目から見直すこと。そこに今回の議論のほんとうの意味があるはずです。
(2024年5月3日)