パリのオルセー美術館が、こんな企画をはじめました。
まるで生きているゴッホが目の前に現れ、自分の声でこちらの質問に答えてくれるようなしくみです。もちろん映像、音声ともにAIの合成。だから本物のゴッホと話をしている気分になる。おもしろい。美術と人間のかかわりはここまで来たかと、立ち止まって考える企画です(Dream of Talking to Vincent van Gogh? A.I. Tries to Resurrect the Artist. Dec. 12, 2023. The New York Times)。
「ボンジュール・ヴィンセント」(こんにちは、ゴッホさん)というこの企画は、パリのオルセー美術館ではじまりました。
AIが作るゴッホは、「麦わら帽子の自画像」そっくりの姿でディスプレーに現れます。訪問者が話しかけると、作品や自分の人生についてのどんな質問にも答えてくれる。なかには「あなたはどうして自殺したんですか」という質問もある。ゴッホは1890年、小麦畑で拳銃による自殺をとげましたが、“生き返ったゴッホ”は答えます。
「ああ、訪問者のかた、自殺は私には重いテーマなんですよ。いちばん暗い気分のときは、こんな苦しみから逃れるためには命を断つしかないと思いつめたときがあったんです」
質問のしかたによってゴッホの答えは変わります。「それ以外に、平和になれなかったんです」とかんたんなときもあれば、自殺にあまりとらわれない方がいいというときもある。
「こうも考えるんですよ。どんなに落ちこんだときでも、美と希望は存在する、だから命はなくさない方がいい、とね」
AIのゴッホは、生前に本人が書いた900通もの手紙や無数の伝記などから作られました。自殺についてはすでに数百回も質問されたので、質問に応じて答えを調整し完成度を高めています。もちろんそれ以外の部分も、専門家の手で修正されアップデートされている。
たとえば初期のバージョンで、AIゴッホは代表作のひとつ「星降る夜」を気に入っているといっていたけれど、本物のゴッホはかつて手紙のなかであれは「失敗」だったと書いている。そういう史実をふまえ、AIの表現は修正されました。
また訪問者からはときどき、AIがまちがったフランス語を使っていると苦情が出る。これはオランダ育ちのゴッホにとってフランス語は第二言語だったためで、そういう背景に合わせてAIが意図的にまちえているそうです。
ボンジュール・ヴィンセントを開発したジャンボマラ社は、次は詩人アルチュール・ランボーのAIを作りたいといっている。そういうAIの使い方には賛否両論があります。オルセーが作るなら大丈夫だろうなという気がするけれど、これはやめろといってやむものではないでしょう。たぶん、ぼくらはこういうAIの現実に合わせて生きるしかありません。本物らしい映像と音声で迫られると、ぼくらのそれ以外の想像力は大きく削ぎ取られるものだと自覚しながら。
(2023年12月14日)