依存症の根幹で、新しい議論がはじまっています。
麻薬を合法化し、輝かしい成果をあげた「ポルトガル・モデル」が揺らいでいる。世界に冠たるこの国の麻薬対策に、修正を求める声が出ています(Once hailed for decriminalizing drugs, Portugal is now having doubts. July 7, 2023. The Washington Post)。
ポルトガルのポルト市では、いまや小学校の周辺でも麻薬の治療薬が散らばっている。路上で公然と麻薬を打つ人や、彼らによる犯罪も増えた。ゴミ処理場を調べると、薬物使用の廃棄物が2022年は前年にくらべ、24%も増えたといいます。モレイラ市長が嘆きます。
「ポルトガルでは、学校や病院の近くでタバコを吸うことは禁止されている。アイスクリームやキャンディーの広告も禁止。だのに薬物は許されている」
2001年、ポルトガルは麻薬も覚せい剤も、すべての薬物を合法化しました。
薬物を認め、禁止と処罰から保護と回復へ、「ハームリダクション」へと転換したのです。ハームリダクションは害を減らすという意味で、薬物摂取者が死なないようにする、感染症などから守る、そのうえで回復につなげるというアプローチです。
これが顕著な成果をあげ、薬物使用による死亡者が激減、すばらしい成果と称賛されました。いまでは西ヨーロッパ諸国が「ポルトガル・モデル」を採用しています。
そのお膝元で、ふたたび麻薬使用が増えはじめました。
2001年に7.8%だった薬物使用者は2022年、12.8%にまで増えています。まだヨーロッパの平均よりは低いけれど、危険な麻薬はドイツよりも多い。過剰服用はリスボンで過去12年の最高を記録しました。薬物使用は「以前とおなじ」という指摘もあります。
対策を求める声が強まっている。ただその声は、処罰よりハームリダクションという基本路線は維持しながら、法の一部改正や警察力強化などに向かっているようです。
こうした議論のなかでぼくが考えこんだのは、薬物依存者を支援する民間団体「SAOM」のリーダーのことばでした。自分たちは彼らを「判断しない、変えようとしない。彼らを尊重する。薬物は権利だから」と彼はいっている。
これはまさにハームリダクションの根幹にある理念でしょう。たしかにこの理念が、「禁止と処罰」という家父長制の残骸を葬り、依存症者との新しい関係性を生み出してきた。しかしどうだろう。ここはやはり、そこまでピュアになるのではなく、「判断しない、変えようとしない」フリをしながら、しかしどこかで「判断し、変える」こころみが紛れこんでもいいのではないか。それこそが、依存症とのかかわりのカナメではないのか。
日本の依存症の現場をわずかではあるけれど見てきたものとして、「ポルトガルの困難」を知り、対策を聞きながらそんなことを考えました。
(2023年7月14日)